ただ、そばにいたいだけ | ナノ











八百屋さんで無事に買い物を済ませ、奥さんと世間話をした後で暖簾を出た。
その時ちょうど浅葱色の派手な羽織の集団が通り過ぎた。
周囲の人々は顔を顰める。


「壬生狼や」


隣にいたおばさんが不快そうに吐き捨てた。
壬生狼、新選組。
私は彼らのことをそれなりに知っている。
現代ではとても有名で、人気のある集団で、しかも私は幕末好き。
詳しい訳ではないけど、ある程度の流れは知っている。
池田屋、御陵衛士、油小路、鳥羽伏見。



庶民の私は自分が大好きな大奥関連の人たちに関わるなんて、さらさら思っていない。
だけど新選組に至っては要注意だ。
だって彼らはあくまで庶民で、しかも同じ京にいるのだから。


彼らの行く末は悲劇でしかない。池田屋以降は破滅に向かう。
それを知っているのに、平気な顔をして近付ける自信なんかなかった。
近寄らないのが一番だ。
普通に生活していれば、関わることはない。
饅頭屋の人たちもあからさまではないにしろ、新選組のことをよく思っていないみたいだし。
まだ池田屋事件も起こっていないから、仕方ないのかも知れないけど。


「お嬢ちゃん一人やの?」


おばさんは親しげに話しかけてきた。そうです、と頷けば彼女は眉を寄せる。


「壬生狼や浪人がうろついてて物騒やから、はよ帰り。危ないで」
「そうですね。ありがとうございます」


忠告を素直に受け入れ、私は野菜を包んだ風呂敷を抱きしめた。
既に浅葱色の集団はいなくなっている。
どうやら私がお世話になっている饅頭屋の通りは巡察のルートに入っていないらしく、滅多に彼らを見かけることはない。
多分今日ももう会わないだろう。
彼らと関わってしまうことが、一番怖い。
悲劇の運命を辿ってしまうのは目に見えている。


足早に人ごみを縫いながら歩く。
夏の日差しは肌を焼きつける。
町娘のように島田髷を結って着物を着ているのに、やっぱり私はどこか馴染めない。
ここが自分の時代ではないと、自覚しているからなのかな。
それが悲しいことなのか正しいのか、まだ解らない。


その時だった。
ドン、と誰かと肩がぶつかる。
咄嗟にすみません、と謝って顔を上げ、私は真っ青になった。
私がぶつかったのは武士だった。しかも浪人だ。
なんせ髪はぼざぼざに乱雑に結ってあって、着物は少し汚い。
彼は私を見て顔を顰めた。


「あ?お前、ぶつかってきて“すみません”で済むかよ」


ドスの利いた声で、私は震える。
まずい部類の、浪人だ。
浪人の中にはこうして柄が悪く、現代でいうヤンキーみたいな人もいる。
私はどうやらその部類の人にぶつかってしまったようだ。


「姉ちゃんよう、どうしてくれんだ?」
「ご、ごめんなさい…」
「弁償してもらわんといかんなぁ」


浪人の取り巻きがニヤニヤ笑っている。
弁償っていっても、ただぶつかってしまっただけだ。
でもこの時代、武士の方が身分が上だ。私は今町娘だし、そうでなくとも男と女じゃ結果は目に見えている。


ざわざわと周囲が騒がしくなる。
私たちの周りに野次馬が集まり、遠巻きにこちらを見ている。
皆私に同情的だけど、誰も助けてはくれない。


ど、どうしよう。


「ちょうどええ。これから俺達呑みに行くんだけど、姉ちゃんお酌しろよ」
「こ、困ります。私用事が…」
「ぶつかっといてそれはないなぁ」


いつの間にか掴まれた右腕が痛い。
締め付けられるように掴まれ、思わず顔を歪めてしまう。
どうしよう、逃げられない。
絶望で頭は真っ白だった。


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[bkm]