総司はふうん、と息を漏らすように返事をすると、事もあろうか欠伸をした。 顔を顰めた私に対し、彼は大げさに息を漏らした。
「本当に今更の話だよ」 「いまさら?」 「気づいていないのは、本人たちだけってこと」
ばかばかしいと言い放った彼は、言葉と寸分変わらぬ表情を浮かべていた。 今まで色々話を聴いてもらったからと報告に来れば、この扱いだ。腹が立って顔を顰めると、隣で聴いていた平助も、けどと言葉を繋いだ。
「咲も人のこと言えねぇじゃん。鈍いのは一くんだけじゃなくって、咲もだろ」
平助にまで指摘され、流石に気まずい。どうやら知らぬは当人のみというだけで、周囲にはとっくに私たちの気持ちが伝わってしまっていたようだ。 知っているくせに総司は余計なことを言って煽ったとのことで、怒りより呆れと流石だなという見当違いの感心が浮かんだ。ある意味ぶれない人だ。
「ま、お陰で僕も面白いものを見せてもらったけどね」
思い出し笑いをしながら、総司は喉の奥で笑いを噛み殺す。なにそれ、と言った私に、総司は膝を進めた。
「それがさ、今回咲は極秘任務だったでしょ。突然パッタリ朝稽古見に来なくなったものだから、一くんったら動揺しちゃってさ」 「おい、総司。それは…」 「平助は黙ってて。でね、三日経っても朝稽古どころか屯所に姿がないものだから、事もあろうか一くん、君が誘拐されたんじゃないかって騒ぎ始めて」 「…え?」
誘拐された?あまりの突拍子もない話に驚いて問い返すと、総司は笑みを深める。隣で先ほどまで諫めていた平助すら肩を揺らし始めていた。
「誘拐ってなんで?」 「知らないよ。ただ、誘拐されたから探そうって土方さんに直談判したところがさ、僕のイチオシ」 「一くん、偶に三段跳びなことするからなぁ…っ。けど、あの時の土方さん面白かったな。なんかポカンとして」 「そうそう。滅多に見られない姿だったね」
ついに耐えきれなくなって、二人は声に出して笑い始めた。けど私は別の感想を抱く。確かに的外れな出来事だけど、好きな人にそこまで案じてもらえたとは素直に嬉しかった。 冷静で滅多に揺らがない斎藤さんが取り乱してくれるなんて、思ってもみなかった。
「ここにおったのか」
唐突に襖が開いて、声が聴こえた。振り返れば斎藤さんが立っていた。なんとちょうど良い。噂をすれば影とはこのことだ。案の定斎藤さんの顔を見た二人は、大声を上げて笑った。
「は、一くん!なんて間の良い」 「なんのことだ。何故笑っておる」
眉を歪めた斎藤さんに、今度は総司がにやりと笑った。
「ちょうど咲にあの時のことを教えていたんだよ。ほら、誘拐事件」 「なっ…!あれは言わぬと約束…!」 「僕はした覚えはないもんね。一くんが勝手に言っただけじゃん」
みるみるうちに斎藤さんは真っ赤になって、総司に抗議し始める。しかし総司はどこ吹く風だ。あの時の一くんは面白かっただの、考えが突拍子もなさすぎるなど言ってからかい始める。それに斎藤さんは珍しく突っかかっていた。
低次元の言い争いを繰り広げる二人を見ながら、平助がため息を吐く。 その隣で私は斎藤さんを見上げた。愛されているんだな、と思うと何だか凄く気恥ずかしくて、嬉しくて仕方ない。彼の真っ赤に染まった耳の端まで全てが愛おしかった。
fin.
Present for Akane
Title/確かに恋だった
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