結局寝付いたのは、カーテンの向こうが明るくなった後。 浅い眠りから目覚めて、慌てて支度した。 それなのに、全然眠くない。 沖田くんに会ったらどう挨拶しようかとか、そんなことばかり考えてる。
溜め息ついて、ドアノブを回す。 開いた扉の向こうから、朝の日差しが降り注いだ。 眩しさに目を細めたけど、すぐに見開いてしまった。
「…えっ?」 「おはよう、咲ちゃん」
軽く手を振る彼は、私のよく知る人。 一晩中考え続けた、彼。
「おっ、沖田くん!?」 「そうだよ」
何でもないことのように言い放ったのは、間違いなく沖田くん。 だけど私は訳が解らなくて、パニック気味だった。 だって、なんで沖田くんがこんなところに。 指差して金魚みたいに口をパクパクさせる私を見て、沖田くんはおかしそうに笑った。 「明日、一緒に登校しようねって、」 「えっ!?き、聞いてない…!」 「うん、言ってないもん」 慌てた私に、悪びれもなく沖田くんは言い放つ。 酷いよ!と言えば、だって反応が面白かったからと、彼は口元を緩めた。 ようやく私が隣に並べば、沖田くんはゆっくりと歩き始めた。 初夏の日差しが、彼の色素の薄い髪を通して降り注ぐ。眩しさで目を細めた後おもむろに手のひらで陰を作って、沖田くんは空を仰いだ。 朝日が青空に君臨している。淡い水色が山の端に向かう度徐々に濃くなって、夏の色合いを出していた。 「それにしても今日、少し目が赤いね。寝不足?」 「えっ、あっ、」 いつもの調子で尋ねられて、咄嗟に息を飲んだ。 目、赤い?やだ、どうしよう。 あからさまに顔から血の気が引く。それを見て、沖田くんは口の端を僅かに上げた。 「もしかして僕のこと考えて、眠れなかった?」 「あ、ちがっ」 急いで否定すると、沖田くんは眉を下げる。 まるで捨てられた子犬みたいだ。 「ええっ?違うの?」 「う、違わない、けど、でも違って」 「ぷ、くくく、」 「えっ、あっ、まさか、」 「ごめんごめん」 からかわれた、と気付いた時にはもう遅かった。 沖田くんは目の端に涙を乗せて、大口開けて笑っていた。 呆気にとられ、それからカアッと顔に血が集まる。 恥ずかしさで熱いし、絶対赤くなっている。 そう考えるとますます恥ずかしくなって、そのせいで赤くなって、と悪循環だ。 耐えきれなくて俯いた視界に、私と沖田くんの影が並んでいた。 「咲ちゃん」 「…何?」 「顔上げてよ、咲ちゃん」 優しく呼ばれ、渋々頭を上げてしまう。 何だかんだと言うことを聞いてしまうのが、私が彼のことを好きな証拠なのかな。 視線の先に沖田くんの翡翠色の瞳があって、俄かに羞恥が甦る。 それでも逸らすことが出来なくて、目を丸くして黙って瞳を見ていた。 いつの間にか見つめあってた私達だったけど、不意に沖田くんの顔が近づく。 驚いて目を見開くのに、沖田くんは気にした様子もなく右手を伸ばしてくる。 思わず目をぎゅっ、と瞑った。 近づいている為か、息遣いが聴こえる。沖田くんがつけている香水の匂いが、一気に入ってくる。 心臓は破裂してしまいそうだ。うるさくて、仕方ない。 ドキドキして足が震えそうな私に、沖田くんの腕が頬を撫で、そのまま大きな手のひらは耳の後ろに触れた。 「これ、載ってたよ」 「…え?」 恐る恐る目を開けば、沖田くんは目の前でひらひらと枯れ葉を一枚振って見せた。 どうやら私の髪に載っていたのを、取ってくれたらしい。 あまりに彼が近づいたから緊張して、心臓はまだ余韻でうるさい。 胸を軽く抑え、かすれる声でありがとう、と言った。 「今からそんなんじゃ持たないよ」 「うっ、」 「咲ちゃんは、僕の彼女なんだから」 笑みを零し、そして沖田くんは再び歩きはじめる。 慌ててその背を追い、隣に並んだ。 昨日までは後ろから見ていた彼を、今日からは隣に並んで横顔を見上げる。 その事実がたまらなく嬉しくて、私は笑みを零して、もう一度胸を軽く抑えた。 fin.
企画 Project*A
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