気まずい沈黙が流れる。
土方さんも私も目を逸らさない。
逸らしたら負けだって、解っている。
本気なんだと、私の決意が本物なんだと解ってもらわなければならなかった。
生半可な気持ちで言っているのではない。
どれほど経っただろうか。土方さんはやがて顔をそむけると、盛大に溜め息をついた。
「まったく、強情な女だな」
呆れ混じりの声音は、もう険しさを含んでいない。
彼は苦笑した。
「いつもはヘラヘラしてるくせに、こういう時に限って」
言葉とは対照的に、優しい声だった。
空気が緩むと同時に、彼はそっと手を伸ばした。
長い指先が私の頬に触れる。
包みこまれる感触に驚いた私に、土方さんは微笑んだ。
「せっかく逃がしてやろうと思ったのに、お前は大馬鹿者だ」
「土方、さん…」
「馬鹿な、女」
独り言のような土方さんの呟きで、もう限界だった。
感情が決壊して、私の目は熱くなってしまう。
我慢しようとするのに抑えきれずに涙は頬を伝った。
「馬鹿で結構です」
「…咲」
「守って貰おうなんて、思いません」
だから傍にいさせて下さい。
私がそう言うと、土方さんは何も言わずに丁寧に涙を拭ってくれた。
死ぬかもしれない。この先彼についていくということは、そういうことだ。
だけど何より恐ろしいのは、自分の知らぬ間にこの人を失ってしまうことだった。
死ぬことよりも後悔することが嫌だった。
傍にいないまま、蚊帳の外に置かれたまま全てが終わるのが怖かった。
「本物の馬鹿だな」
「……」
「馬鹿で馬鹿で馬鹿で、…だから惚れたんだろうか」
弾けるように顔を上げると、土方さんはふっと口元を緩めた。
その瞳がどこまでも優しくて慈しみの色を浮かべているから、涙がますます止まらなくなる。
心臓が破裂しそうだ。
呼吸の仕方さえも忘れて、私は彼から瞳を逸らせない。
「土方、さん」
「なんだ」
「約束、し、て下さ、い」
声が掠れてしまう。
嗚咽を堪えながら、懸命に言葉を紡いだ。
私の精一杯が伝わるように、心を籠めて。
土方さんは黙って続きを促す。
私は息を吸った。
「離れないで」
何があっても、例え死の瞬間でさえも。
「私を、離さないで」
守って欲しいなんて思わない。
傍にいれたらそれでいい。
私の願いはそれだけなんだから。
土方さんは私の髪を梳くように指を通し、そのまま頬に滑らせる。
そして優しく微笑んだ。
「約束する」
きっと私は自分勝手で、我侭でどうしようもない。
こんな約束、守ってもらおうという方が都合がいい。
それでも土方さんが約束してくれたのが嬉しくて、私は何度も頷いた。
fin
当作品は企画サイト様参加作品です。
あなたとわたしの、様、どうもありがとうございました!