俺の好きな奴は、俺を好きだと言ってくれる。いや、言うだけじゃなくて、体全体で表現してくれる。
しかしそれにも関わらず、俺たちは決して両想いではない。お互いの片思いが、通じ合っていないからだ。
もちろん、あいつは俺のことを好きだと言ってくれている。だけどその「好き」は、果たして俺の気持ちと同じ「好き」なのか。それはわからない。確かめようがない。
それに加えて、俺からあいつには絶対に好意を示さないようにしている。あいつの言葉も跳ね返すくらい、強固にそれを守っている。理由の一つには恥ずかしいからと言うのもあるにはあるが、それが第一の原因ではない。
俺と名前が決して結ばれないワケ。
それは、俺たちが二人とも早乙女学園の生徒だからである。







「しょおおおちゃあああん!」
「げっ、来た!」

今日も朝からはじめは元気だ。元気すぎて突進してくるので、俺は毎朝大変だ。自分でそう思う。
にしてもこの爛漫な笑顔といい、迫力といい、シチュエーションといい、何から何まで那月にそっくりなんだが。
那月ならば、多少は手荒い真似をしても大丈夫なのだが(それ以上にあいつが怪力で捕まるんだけど)はじめは女の子だ、さすがに荒っぽい抵抗はできない。だから俺は毎朝、結局抱きつかれることになるのだ。
はじめは俺より数センチ背が高い。だから目線はほとんど変わらない気がするのに、こうして抱きつかれれば俺の小ささが顕著に露呈してしまい、嫌で嫌で仕方がない。
――だから、はじめのこの行動に俺は大して苦もなく反発する素振りを演じることができるのだ。

考えても見ろ。好きな相手に満面の笑みで抱きつかれて、喜ばない男はいない。

「えっへへー、しょーちゃんむきゅー!」
「だぁっ!は、離せっての!」
「んもー、照れてる翔ちゃん大好きっ!」
「俺は好きじゃねえから!」

好きじゃねえのは、照れてる自分。
胸の中できちんと補足しつつ、一応もがきながらもはじめの感触に心を弾ませていた。

「Oh、おはようゴザイマース」

すると名前の肩越しに、あの胡散臭い笑みをたたえたシャイニングが片手をあげていた。

「学園長、おはようございますー」
「お前な、挨拶するときくらい相手を見ろよ…おはようございます」

シャイニングは、ハ〜ッハッハッハ!とあの豪快な笑い声を響かせる。
この場面、危ないと思う奴は素直に冷や冷やしてくれて構わない。名前に抱きつかれる俺の図。シャイニングはこの場面、どう思っているのか。
ひとしきり笑った後、シャイニングはグゥッと親指をつきだし、歯をきらりと光らせて言った。

「仲良きコトは〜美しきカナ〜ッ!」

だけどラヴが芽生えたらダメダ〜メだから、ホドホドにしてクダサイネ〜!
そう言い残して、嵐のような学園長は去っていった。
はじめはまだ、俺にぎゅうっと抱きついたまま。

「程々にする気は?」
「ございませーん」

ふへへ、シャイニングとはまた違う、心底楽しそうな笑みを漏らしながら、「翔ちゃん、あったかいー」なんて頬をすり寄せて来やがる。
お前の方があったかいっての。
ああもう…頼むから俺の頑張りに気づいてほしい。こいつが安易に好きだと言ってくるから、俺はそのたびに冷たい返事で周囲をごまかさなければいけない。
俺だってな、お前に好きだとか可愛いとか伝えたいんだからな!
…などとは、とても言えないんだけど。

朝食ラッシュの人並みも途絶え、俺たちも早く行かなきゃならない。
だけどやっぱりまだ、はじめは俺を離してくれない。
いつもなら、それでもこのくらいで満足するはずなのに。

「はじめ?」
「昨日さ、りゅーや先生からお小言くらっちゃった」

声の響きには笑いが混じっていたが、俺には少し、寂しそうな色に見えた。

「来栖にあんまり迷惑かけんじゃねえよ、って」

ごめん、迷惑?無理矢理明るくしたような声色に、俺は今までにない行動を取った。知らず知らず、そうしていた。
はじめの背中に、腕を回したのだ。

「お前さ、好きだって言ってくるけど、実際それってどういう『好き』なんだよ」
「ええー…」
「likeか、loveか」

これでlikeなら落ち込むかもしれない。だけどもし、そうじゃなかったら?
…気苦労が増えるだけかもしれない。

「それは…」

はじめは少し恥じらうようにして、

「口に出せない方、かな」

と、囁いた。
俺はそれを聞いて安心すると同時に、背中に回した腕に思い切り力を入れて抱きしめ返したくなった。
今のは、可愛すぎた。口からこぼれそうになった愛の言葉を必死に押しとどめて、俺は全ての力を振り絞って甘い誘惑を断ち切った。
そして何事もなかったかのように、ぽんぽんと背中を叩いてやる。

「言っとくがな」

それでも押さえきれなかった言葉は、仕方ねえから伝えてやるよ。

「俺様も、言えないから」

言えない『好き』は、『love』。
それをちゃんと理解してくれたのだろう、名前は俺からするりと離れて、再び喜色満面の笑みを覗かせた。――頬にはかすかな赤みを浮かべながら。

「よーし翔ちゃん、朝餉じゃー!」
「言い方古いって」
「えへへー」

きゅっと右手がからめ取られ、引っ張られる。

「しょーちゃん、好きっ!」

だから俺は顔が赤くならないように気をつけながら、そっぽを向いて一瞬だけ右手に力を込めた。

「そりゃどーも」



逆説的恋愛模様



アイドル修行だけじゃなく、理性まで鍛えられる早乙女学園は、いい学校です。


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「みづのおと」の侑紗様より!
相互していただいた上リクエストさせていただいちゃいました!
翔ちゃん可愛いー!

素敵な小説ありがとうございましたぁあ!

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