僕が完璧に消えてしまえたら楽なのか、君に目潰しをぶちかませば楽なのか、その答えを出してみようか


   何をしても平々凡々な人間である僕が唯一得意なのは、自分の気配を消すこと。それは、特に努力をせず自然体である時さえ、意識せずとも存在感が無くなってしまう、透明人間体質とでも言おうか。大好きなバスケをする時は、ミスディレクションを発動し、それを活かしたパスをするプレイスタイルで、数少ないレギュラーの座を与えられている。

   影が薄いという、一見毒にも薬にもならないような特性。使い方によっては、唯一無二の武器になると解ったのは、くしくも赤い少年との出逢いのおかげだった。初めて知った、“透明”な自分に意義があると。

『黒子テツヤ……キミにはキミだけの才能がある……その“透明”な異質さをもっと有効に活かせば、もっとキミは強くなれる。……でも、その不思議な“透明”さが有っても無くても……僕はキミに興味がある……とても、美しいな、黒子君は』

真っ直ぐ見つめられて、ギュッと手を掴まれて、僕自身に僕を認めさせるよう、ジワジワ沁み込む言葉を口にする彼へ、僕は衝撃を受けた。初めての感覚、他人が自分の存在を心臓に植え付けるような重量感と拘束感。

“お前は、ここにいる”

スゥーー……ッと、消えてしまいそうな自分に、“透明”ながらも確かな“色”を塗られたようだった。

   親でさえ僕の存在に気付けなくて、何度も迷子になり、自分の“透明”さを恨んだ時期もあったのに。出逢ってから今までずっと、彼だけは僕を必ず見つけていた。迷子になった時、僕の目の前を通り過ぎて必死に探している両親を、涙をこぼしながらみつめていた記憶は、頭の片隅に転がったまま。大きな声を出せなくなったのは、必死に叫んでも自分の声が“透明”で聴こえなかったら、そんなおかしな危惧をしたせいもあるのだろう。

   幼い頃の僕は、今では考えられない位、子供ながら心が弱かったと思う。周囲の人にとっては“透明な人間”という自分自身に慣れてしまった今現在では、相手に気付かれなくても特にそこまで不快な感情は抱かないまでになった。それが黒子テツヤだから、そんな自分にも、そんなみんなにも、特別な感情を抱かない。

   “無”と書いて“ふつう”、それこそ“どうでもいい”存在。しかし、キミだけは、違った。僕を、必ず、“透明”でさえも、見つけ出し、

「ハァ〜……テツヤ……今日も、超絶かわゆい……」

“嫌悪感”が募る程見つめ続けて、僕の一挙手一投足をストーキングするキミだけは。粘着質ストーカーも真っ青な堂々たる行動には、出逢った当初の尊敬や感謝やほのかなある感情すらも、既に腐敗してしまった。

   学校にいる間、ずっとずっと僕を見つめ続ける尋常ではない熱視線は、慣れたようで慣れていない慣れたくない。いくら僕がミスディレクションを限界まで発動したとて、彼はアブノーマルな視力と観察力と執念を武器に“透明人間”を意地でも見つけ出そうとする超難敵。

   マジ勘弁とは、まさにこの事か。じぃぃぃぅぃいいいっ〜〜……あぁ、どうして、こんなにも毒蛇が纏わりつくが如く、執拗に見つめてくるんですか、マジ勘弁。正直気味が悪いんです、その一心不乱に僕をガン見するキミが。もしや、僕の細胞の核まで、余すとこなく分析したいのでしょうか、完璧主義者のキミは。

   ちなみに現在、午後の授業で教科は現代国語です 。読書好きな僕の得意教科なのに、しっかりと先生の話を聞きたいのに、全く集中させてくれない隣の席の人物。彼と僕は、何度くじ引きを繰り返しても、僕の希望で何度くじ引きをやり直しても、何故か窓側一番後ろの隣同士。これは運命なのか画策なのか。前者は、絶対に嫌だ。

『やっぱり僕とテツヤは神が定めた運命共同体なんだねっ……!!!』

パアアアア……!とオーラを輝かせてキラキラした瞳で手放しで喜ぶ彼に対して、

『運命説は全力否定です、むしろ、僕は呪われているんじゃないかと思います……赤司君に』

ズゥゥ〜ン……と沈んだオーラをまといながら死んだ魚の目で死ぬほど落ち込んだ僕。

   運命なんて有り得ない。絶対、後者に違いない。犯人は誰かなんて、分かり過ぎて、喜び浮かれた笑顔の真ん中にイグナイトしてやりたかった。だって、この小さな教室も、この大きな学校でさえも、誰に支配されているかといったら、

「……ハァァア〜〜……どうしてテツヤはこんなにも美しいのだろう……この僕を狂おしい程魅了するなんて……罪深い人間だ……心底、愛してる」
「赤司君、今授業中です。酔いもヤキも回った陳腐な言葉を発しないで下さい」

頭がキレ過ぎて、正常な神経が切れてしまった、イカレ魔王様・赤司征十郎君。彼は、今日も、通常運転で、僕を視姦してやがります。

「はふぅ〜〜……まるで…硝子細工のような繊細さ……そしてシャボン玉のような儚さ……氷柱のような清廉さ……どうして、こんなにも、僕を惑わす純粋な色香を漂わせるのだろうか……不思議だ……世界で一番、不思議だ……」 

   とろけるような眼差しで見つめられ、キャラメルのような甘さとミントのような爽やかさを混ぜた声が鼓膜に響く。きっと世の女の子は、こんな超美形男子にあんな言葉を耳元で囁かれたら、泡をふいて鼻血を出して卒倒すると言っても、過言ではないかもしれません。だがしかし、僕はれっきとした日本男児ですよ。全然何とも思いません。それに、こんな変態に僕が靡くはずも、ありません。

「……僕は、人よりかなり影が薄いだけの、普通の人間です。気色悪い幻想は慎んで下さい。鳥肌がハンパないです。お願いですから、こっちを見ないで下さい。赤司君……いい加減にしないと……、」

目潰し、しますよ。
警告を出そうと思ったのに、

「あああああっ……!!こんな退屈な授業なんてしていられないっ!!テツヤっ……保健室へ行こうっ!!緊急身体検査で魅惑的なテツヤの秘密を暴いてあげるっ!!!テツヤのしなやかな肢体を隅々までこの瞳に焼き付けたいっ……!!」
「赤司君、その不埒な瞳に残る記憶をキレイにリセットしてあげます」

ブスッ……!! 僕は、興奮して血走った双眼鏡に、ピーンと伸ばした示指と中指を、容赦なく突き立てた 。グシャア……!! そして、教室には「目がぁあああ〜〜目がぁぁあああ〜〜!!」という痛々しい絶叫が響き渡り、授業は中断されてしまったのだった。

   放課後、一旦保健室で応急処置をされ、その後念の為病院に行った赤司君は部活に遅れてくるらしく、副キャプテンである緑間君が練習を仕切ることになった。体育館にやってくると、どんより湿っぽいお通夜の雰囲気が漂っている。魔王様を闇に葬りかけた人間だからだろうか、みんな僕を遠巻きによそよそしく見ていた。加えて、駄犬なんかは体育館の隅っこで、耳と尻尾を下げ青ざめプルプル震えながらこちらの様子を伺っている(そんなに怖いならさっさとハウスしたらどうなんだ、ビビり犬が)そんな僕は深い溜め息をつきながら、着替えをする為にロッカールームへ入る。そこには、ただひとりの先客、

「よぅ、テツ」
「……青峰君」

僕を全く怖がらない相棒がいた。

「お前、ヤったらしいな、赤司を」
「えぇ……殺りましたよ……文句ありますか?」
「いや、べつに、ねーよ」
「……そうですか」
「……保健室から出てきた赤司がさ、恥ずかしがり屋なテツの照れ隠し目潰しだって言ってたぜ」
「は?」
「赤司が両目に斜めがけの眼帯をクロスさせたヘンテコな姿で、病院に行く前みんなに自慢してたぞ……“他でもないテツヤに殺人的な愛情表現を向けてもらえる僕は幸せ者だ”って」
「……本当に、おめでたい思考回路ですね、あの人。むしろ、僕の言動を都合良く解釈してしまう勘違い脳をかち割ってリセットした方が賢明だったかもしれません」 
「お前、本当に、血の気多い奴だよな……短気過ぎるだろ。カルシウムちゃんととってんのか?とってたらもうちょい背も伸びてたんじゃね?」
「青峰君はメラニン色素多過ぎですよね、日焼け対策でもしたらどうですか、ちゃんとしてたらガングロなんかにならなかったのに」
「おまっ……ったく、やられたら倍返しする負けず嫌いだよな、テツは」
「キミも同類だと思いますけど」
「あぁそうかよ。……なぁ、実際は、どうなんだテツ」
「え?何がですか?」
「赤司に見つめられるの、本当は嫌じゃねぇんだろ?」
「……またキミは。余程僕と赤司君をくっつけたいみたいですね」
「いや、別にどっちでもいいけどよ……ただ、」
「……なんですか……、」
「赤司の視線が気になるってことは、テツがアイツに対して無関心じゃねぇからだろ?」
「は?……ぁ……べつに、僕は……赤司君なんて……嫌い、です」
「嫌いの方が無関心より関心レベルが高いと、俺は思うけど……少なくとも、嫌いの方が無関心よりはよっぽどマシだな」
「……無関心になりたくても、あの人がしつこくて否が応でも僕の意識に割り込んで来るから……仕方ないじゃないですか……だからといって、無関心より、マシなんて……」

『あれっ?他に誰かいたか?全員揃ったよな?』
『ん?えーと……あれ?お前、誰だっけ?』
『テツヤっ……どこにいるの?!』

   昔を思い出してあの頃負った傷が少し痛んだ。よく考えれば、“透明な僕”は、“無関心”の域に入る人間なのかもしれないじゃないのか?みんなの意識にのぼらない黒子テツヤ。嫌いでも好きでもない。“ふつう”だけれど“どうでもいい”にんげん。意識を向けてもらえない、“無”に消えた存在。それはとても、

「……そういえば……悲しかったんですね……昔の僕は」
「……テツ?」

   確かに、嫌いより無関心の方が、辛いのかもしれません。自分は存在するのに消失した人間と周囲から扱われて。自分が無関心を向けられていると認めるのは、辛い。ギシリと胸の奥が軋んでしまう。僕はみんながはっきり見えているのに、僕をぜんぜん見つけてくれない理不尽な人々。それが苦しくて、僕を“無”にしてしまう人間は、僕も“無”しか抱かないようにした。それはある意味、僕なりの仕返しだったともいえる。

   だけど本当は見つけて欲しくて悲しくて、どうにもこうにも嫌いにすらなれなかった。結局、どう頑張っても、見つけてくれた人は少なくて、必ずしも僕を認識してくれる訳じゃない。そんな中で、僕を完璧に見つけ出してくれる希有な存在。赤司君を、僕は嫌いだという。

   嫌い?僕を、見つけてくれるのに?本当に嫌いなのだろうか?無関心では無く、おそらく、本当は、嫌いでも無い、僕の本心は、何?

   もやもや霧がかった心の奥。ハッキリ見えない自分の気持ち。でも、ひとつだけ、ハッキリしている事実。

「彼の揺るぎない真っ直ぐな視線が……煩わしくて鬱陶しくて……目潰しとかしちゃいましたけど……なんだかんだいって……“透明な僕”を必ず見つけてくれるのは赤司君だけ……赤司くんしか、いない」 

小さな僕の悲しい傷を、知らず知らずのうちに、彼が癒やしてくれていたんだ。

いつも、ぼくを、みつけて、みつめて、あいをあたえてくれるから。 

『テツヤ、』

ドクンッ……! 途端に思い出す、彼の愛が滲むオッドアイ。心音は、口よりも、正直だ。誤魔化しがきかない。

「……青峰くん。僕、もしかしたら、」
「あぁ……やっと気付いたか?」
「……あんまり、信じたくないですけど……僕、赤司くんを……、」


す、


「テツヤぁああああぁ……!!心配したかい?安心してっ!僕は一週間ばかりテツヤを網膜には焼き付けられないけれど、鍛え抜かれた愛の心眼で完璧にテツヤの姿を捉え続けるからねっ!!あぁあああ……見える、見えるぞっ!頬をほんのり赤く染める恋に目覚めた可愛らしいテツヤが見えるぞぉぉおおっ!!!」

「……冷静に考えて、嫌い以上にはなりそうもありません」
「まぁ、やっぱり仕方ねぇか。まずは、赤司が冷静になるべきだよな……馬鹿にも程があるぜ」


   一進一退膠着状態、この勝負は、まだまだ終わりそうにもありません。キミが心眼とやらをお持ちならば……致し方ありませんね、心臓諸共こころを潰してあげましょうか??









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