4.
   いつか、雛鳥は、巣立ってしまうのか
   死にそうな程、汗をかく。そのおびただしい水分の中に、もしかしたらひっそりと涙が混じっているのかもしれない。そんな予測をしながら胸を痛め、激しい練習に食らいつく彼の姿を追いかける。あぁまただ、酷使し続けた筋肉が引き攣れて、膝が床へ崩れ落ちてしまった。重力に抗せず、立位が覚束ない赤ん坊のよう、ゴロンと床に倒れこむこの子。ここで、俺に求められた選択肢。優しく手を差し伸べるべきか、もしくは、
「黒子君、こんなところでへばったら、キミを見出した俺がゆるさないよ」
叱咤して崖に突き落とす。
   愛の鞭とはこのことか。芽生えてしまった親心のせいで、どうしても未成熟なこの子にアレコレ世話を焼いてしまうけれど、ただひたすら甘やかしはいけない。それに、俺は確信している。どんなに辛い苦境でも、この子は負けない。この子は弱くない。きっと頑張れる。黒子テツヤはきっと、誰よりも磨き甲斐のある原石だ。
   見下ろして厳しい言葉を投げかける俺を見つめ返したあの子。その瞳には、自分に対する諦めは微塵もなく、谷底から這い上がろうとする強さが溢れていた。ボロボロな身体を屈強な心だけで立ち上がらせ、使い物にならない筋肉を無理やり動かして、再び戦場へ戻る。お前を見つけた俺に見向きもせず、一心不乱にボールを追っていくあの子の背中。「それでいい」そう思う心と、「そのままでいて」複雑に入り乱れる相反する心情。
   頑張り屋なキミは強い、これからもっと強くなる。俺の手助けなんかなくとも、生きていけるんだ。俺なんか、いなくても、
“さよなら、あかしくん”
ぼくひとりのこして、ひとりでいきていける
“そんなの、いやだ”
   子どものようなワガママ、誰が言ったのか、俺にはわからないまま、鈍く重いその音は空気に消えた。
弱いこの子は強いあの子 / 心の声は本当の音