いたいのいたいの……(2/2)

「乗り込むぞ!!」

 立ち上がる火柱のような炎が、アポロから昇り立つと同時に言い放たれた出陣の掛け声。それらを皮切りに、私兵たちが「おぉー!!」と声を上げながら城へ向かって進み始めた。
 城を焼きつくしてもおかしくないくらい、燃え上がる炎の竜は民や兵を焼くことなくその場にそびえ立っている。

「俺から離れるな!」
「はい……!」

 燃え盛る炎に護られながら、アポロと姫は城へと進んでいく。行く道中に時間遡行軍の集団が行く手を阻むこともあったが、それらは傍で控えている二つの影によって薙ぎ払われた。

「つーかまーえたっ!」
「それで終わり?」

 その影の正体は、今剣と小夜左文字だ。今剣は、依然見た服と打って変わり頭には輝く兜を被っており服の一部に防具のようなものが身に付けられていた。
 そう、彼もまた小夜と同様に『極の修行』から戻ってきたのである。

「だっ、誰かっ、どうにかしろっ!!」
「だ……駄目だ! この炎のうえに、敵の数も多いぞ!!」

 奇声を上げている敵兵は、アポロによって呼び集めた私兵や蛮族の兵たちを前に腰を抜かしているようだった。それだけでなく、彼の生み出した炎の竜を前に手も足も出せず右往左往しているようにも見て取れる。

「……上出来だ」
「殿下、御武運を」
「ああ、お前たちもな」

 そんな会話を交わし、アポロは姫を傍らに置きながら敵兵の波をかいくぐっていった。顔色を悪くさせている敵兵が、アポロたちの侵入に気を止める様子がない。

(すごい……こんなにすごいなんて……!)

 驚きを隠せないでいる姫は、ふとアポロへと視線を向ける。先ほどと比べて、顔色を悪くさせていた。炎を使っている代償であることにすぐ気づき、そっと彼の胸へと手を当てる。

「……痛みますか?」
「大丈夫だ……奥へ進むぞ」

 添えられた手にアポロはそっと手を重ね、二人は短刀たちに護られながら奥へと進んでいく。
 走ること暫くして、見えてきたのは大広間へとつながる豪華な扉だ。それを勢いよく開くと、その広間の先には父王と兄王子・ダイアの姿があった。

「……まだそのように力が残っていたとはな」
「本当に……ここ最近の遠征や、やたらめったら力を使うせいで弱っているかと思ったのにねえ」

 アポロを見下し、汚物でも見ているかのような下劣な態度を前に、アポロは表情一つ変えることなく二人の前に立った。

「覚悟は、できているのだろうな?」

 アポロや姫を包むようにして出現している炎が、次第に膨れ上がり竜の姿を模していく。その光景に、父王が顔色を悪くさせながら震え上がる。

「い、いいのか? お前の心臓の楔を抜けるのは、私だけなのだぞ!?」
「…………」
「そ、そうそう! お父様がいないと、アポ口はいつか力に蝕まれて死んでしまうかもしれないと――」

 楔の話題を持ち出し、命乞いのように声を荒げる二人に……アポロは呆れ果てていた。確かにこの楔のせいで、苦しむ日々を送っているのは事実だ。しかし、そればかりに苦しんでいるわけではない……
 断罪を下そうと、アポロが口を開こうとした時――

「ホンット見苦しいわよ! 揃いも揃って!!」
「!?」

 突然響き渡った女性の声、そしてアポロの上空を飛んでいく巨大な炎の鳥が父王とダイアめがけて翼を羽ばたかせる。突如として現れた風に飛ばされた二人は、アポロから距離を置くようにして倒れていった。

「それが一国の王と第一継承者なわけ? 呆れた、この調子じゃクレアブールに攻め込まれて取り込まれるのがオチよ!」
「な、な、な……!!」

 アポロの横を通り過ぎながら、啖呵を切る彼女の姿は、赤と白を基調とした巫女衣装をまとっている。太陽の光のようにキラキラと輝く薄い橙色の髪は、アポロのものと似た色を放っていた。

「あー! あるじさま!!」
「主、着て大丈夫なの?」
「うん、こんのすけに無理を言ってきたし政府にも許可を貰ったから大丈夫よ! お小夜、今剣、アポロの護衛ありがとうね」

 嬉しそうに笑顔を綻ばせる二振に、主と呼ばれた彼女は満面の笑顔を向ける。そして、彼女はアポロ達へと顔を向けた。
 その顔を忘れたことはない、とアポロは思った。幼少の頃、軽蔑され見放された日常を過ごしていたあの頃……唯一声をかけてくれた、かけがえのない身内だからだ。彼女の名を呼ぼうと口を動かすのだが、声を発することなく彼女に抱きしめられた。

「アポロー!!」
「!?」

 突然の衝撃に、驚くと同時にその場で押し倒される。アポロから離れた姫は、目の前の光景に目を白黒させていた。

「やーん! すっごく大きくなっちゃってー! あのバカな父親に似ず、とってもイケメンになったじゃなーい! あ、隣にいたのはトロイメアの姫様? 結婚を決定した交際をしてるなんて聞いてないわよ、早く私に紹介しなさいよね!」

 ギュウギュウとアポロを抱きしめ、ポンポンと頭を撫でる審神者の行動に姫は思考が停止しそうになっていた。アポロと審神者は初対面の筈、なのに顔馴染みであるかのように接する彼女の行動が分からなくて困惑しているのだ。

「はっはっは、こんなにも嬉しそうな主を見れるとは思わなかったぞ。いやはや、無理を言ってここに着た甲斐があったというものだな」
「!」

 聴き慣れた笑い声に顔を動かすと、そこには満面の笑みを浮かべる三日月宗近が立っていた。彼の後ろには、小狐丸・石切丸・岩融の姿もある。

「あ、の……三日月さん。この方は、その……」
「ああ、姫は初対面であったな」

 嬉しそうに話す三日月は、姫に対し更なる驚きをもたらす一言を言い放ったのであった。

「彼女は審神者で、俺たちの主だ。ちなみに、主はアポロの姉君でもあるのだぞ」
「え、えぇ!?」
「十余年ぶりの再会だ。嬉しさが上回っているのだろう」

 目を丸くして驚きの声を上げる姫の横では、「早く離れてくれ、姉上!!」と声を荒げて起き上がろうとするアポロが叫んでいる。呼ばれた本人はというと……

「えー、良いじゃない。久しぶりの愛情表現を受け止めなさいよ」
「昔と変わらず重すぎて敵わん……」
「身内じゃなきゃやらないわよ、こんな行動」
「身内であっても少しくらい加減してくれ」
「考えとくわ♪」
「…………」

 呆れながら脱力しているアポロは、ウキウキさせながら話す姉を前にかける言葉を失っているようだ。
 だが、アポロ以上に言葉を失っている存在がいた。

「な、何故だ……何故お前が生きているのだ!!」

 そう、フレアルージュ王である。恐怖に染まりながら叫ばれた言葉に、動きをピタリと止めた審神者はゆっくりとアポロから離れた。先ほどのような笑顔から打って変わった、感情が読めないその瞳にダイアもまた身震いを起こす。

「あら父上、驚くなんて失礼ね。数少ない家族……しかも、アポロと同じ炎を操れる私を前にして言う言葉がそれなわけ?」
「そ、そうだ! その炎が仇になって、お前は俺が殺したんだぞ!! なのに、何故生きている!? 貴様は亡霊か!?」
「!?」

 震え上がっているのは、なにも父王だけではない。ダイアも揃って震え上がり、それと同時に余計なことを話したことでアポロが目を見開かせた。

「姉上が、殺された……?」
「話すと長くなるから、この場が落ち着いたら経緯を話してあげるわ。それまで待っててね」

 パチンとウインクをする審神者に、姫は上空で飛んでいる鳥へと視線を向けた。アポロと同じ血を持っているという事は、彼女もまた炎を操れるというのはすぐに理解できた。だから、あの鳥は彼女の能力であるのも分かったのである。
 そして、広間に集まってきた刀剣男士たちの顔を見ながら……審神者は一つの疑問を投げた。

「ところで、今ここに召喚した刀剣男士の中でアポロに『おまじない』をしてない子っている?」
「現状では、最近加入した祢々切丸以外は全員やったと思うよ。しいて言うなら、三日月と主だけだな」

 審神者の問いに答えたのは、後衛部隊として駆けつけた蜂須賀だ。三日月は「そうか」と言いながら、審神者へと視線を向ける。

「確か、四回であったな?」
「そうね。皆が私の言いつけ通り、四回ずつやってくれていれば……私は一回で十分の筈」
「おい、どういう意味だ……一体なんの話を……」

 こんな状況だからか、突如話題として『おまじない』が出てきたことが不思議に思うアポロ。だが彼の問いに答えることなく、三日月がアポロの前へと近づいて左胸に手を当てる。

「なに、すぐにわかる。いたいのいたいの、とんでいけー」
「ッ!?」

 いつもと同じ、左胸を撫でながら同じ言葉を繰り返すだけの筈だった。しかし、今回は違う。三日月の言葉に呼応するように、胸の痛みが急激に増していき、アポロは目を見開かせた。

「ぐっ……ぁッ……かはっ……ッ」
「アポロ……!」

 突然苦しみだしたアポロを支えるべく姫が動く。彼の周囲を覆っていた炎は姿を消し、ただ事ではないと父王とダイアは理解したようだ。それと同時に、自分たちにとって悪い未来しか待ち受けていないであろうという予感を瞬時に察する。

「お前たち、何を……!!」
「おっと、これ以上動かないでくれるかな」
「動いたら……殺す」
「「!!」」

 この場から逃さないようにと、瞬時に動いて彼らの喉元に刀を突きつけたのは、蜂須賀と小夜であった。双方からの殺気に身動き一つ取れなくなった二人は、目の前の光景をただただ見つめるしか出来ないでいた。
 そして、三日月の『まじない』が終わる頃……アポロは悲痛の声を上げて姫にしがみついていた。膝をつき、荒い呼吸を繰り返していく。

「アポロ……大丈夫よ、もうすぐ終わるから……」
「あ、ね……うえ……ッ」

 歯を食いしばり、痛みを耐えようとするアポロに近付いた審神者は、そっと左胸へと手を当てる。

「いたいのいたいの……ここから出ていけッ!!」
「ッッ!!」

 力強い、審神者の力も込められた『まじない』によってアポロの体内で巣食っていた黒い靄が姿を現し……上空へと姿を現した。太陽と獅子の形を模しているその靄を前に、審神者はアポロから距離を取る。

「皆、十分に距離を取りなさい!」

 周囲に立つ仲間である刀剣男士たちに声をかけてから、彼女は両手を広げた。

「いたいのいたいの……こっちに飛んで来い!!」

 審神者のその言葉に、靄は反応するように彼女目掛けて飛んでいき……まるで取り込むようにして覆い尽くしていった。だが、それは一瞬の事で黒い靄は少しずつ審神者の周囲から消えていく。それと同じくして、上空に飛んでいた鳥が急に苦しみだし……炎を放ちながら姿を消していった。

「…………」

 傷みで苦しんでいたアポロだが、黒い靄が出ていくと同時にその痛みはすぐに消え失せていた。それと対照的に、三日月によって支えられている審神者は汗を流しながら不規則な呼吸を繰り返している。まるで、先程痛みに苦しんでいたアポロと同じように……

「アポロ、大丈夫ですか……?」
「ああ、大事ない」

 一体何が起きたのか……皆目見当がつかず、ゆっくりと姉である審神者へと視線を向けた。彼女は、呼吸を整えながらアポロの視線に気づいて笑みを浮かべる。
 そして、着ている服を乱し始めた。

「アポロの呪い、私が貰っていくからね!」
「な……ッ!!」

 彼女が服を乱した先……丁度左胸の辺りには、アポロが抱えていた太陽と獅子のような刺青が施されていたのだ。驚きながらアポロは自身の胸へと視線を動かすと、そこには刺青の痕跡がきれいさっぱりなくなっていた。つまり、刺青と共に呪いが彼女の元へと乗り移ったという事だ。

「どうしてこんな無茶を……!」
「アポロは、未来のフレアルージュ王になるんでしょ?」

 深呼吸を繰り返し、息を整えながら彼女は話を続ける。

「アポロなら、誰もが羨む立派な国王になれる。私は、そう確信しているの。民を守り、他国の脅威に立ち向かえる国のトップとしての器は……アポロにこそある。あんな腐れた父やダイアじゃないわ」
「姉上……」
「民に寄り添う政治……国土とは、国の力とは、地盤ともいえる民の存在があっての事。その者たちに土地を与え、生きる糧を与え、生活するうえで最低限の保証を与えられる。そんな力量の持つ者の元に、民は集まるのだ。今のフレアルージュ領の……アポロのようにな」

 微笑む三日月に、アポロは瞳を閉ざしながらその場から立ち上がる。視線を、刀を突きつけられ震え上がる肉親たちへと向けた。

「父上……ダイア。今すぐ俺の領土から出ていけ!」
「「ッッ……」」
「そして指をくわえて待っているのだな、俺がフレアルージュ王として君臨するのを!!」

 アポロのその言葉を最後に、父王とダイアは息をしている数の少ない兵たちを連れてアポロの領土から逃げるようにして姿を消していった。
 これはつまり、アポロの完全勝利を意味している。城の外では、私兵や蛮族たちの歓喜に満ちた声が響いてきており、中にはアポロの名を呼ぶものまで混ざっていた。短くも長い攻防戦が繰り広げられていく中、緊張の糸が切れたのだろうか。アポロは姫に寄りかかるようにして倒れていった。

「不本意、だな。このような、不格好な王など……」
「そんなこと、ありません。絶対に……」

 フッと小さく笑みを浮かべると、アポロはそのまま瞳を閉ざしていく。遠くから駆け寄ってくる三日月たちの姿を最後に、彼は意識を手放していくのだった。

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