動き出す時(2/2)

 場所を藁の家へと移動し、明石が用意した食事を囲って皆で昼食を取る。
 念入りに手を洗ったアポロは、用意してもらった料理を口に運びながら……愛染たちへと視線を向けた。

「城下の様子はどうだった?」
「一応、普段と変わらず……かな。王都から来た兵士がえばるように歩いてたくらい。あ、でもパン屋とかテイクアウトを扱ってるお店に対して難癖つけて商品を強奪してたかも」
「俺は、城にいるアポロの兵と会うことが出来たぜ! 貯蔵庫の減りが酷すぎるってさ、ひと月経たずに消えてもおかしくないって話してくれた」
「あいつらは……」

 民を想い、一年を通した収穫高に合った年貢徴収や王都への貢物の調整。そのどれもを担っていたのが、城に置かれている貯蔵庫だ。そこに置かれているものは、国の全財産と呼んでもおかしくない金や食料が大半を占めていた。そこに手を付けられてしまっては、この辺境地と言えど維持するのが困難になる。

「酷いのは、それだけじゃないよ」

 食事をしている皆と離れた場所……出入り口に位置する場所から、一つの声が聞こえてきた。そこに立っているのは、小夜左文字。だが、彼の服装は以前見たものと少しだけ変わっていた。服の一部に飾りが施され、膝から下は鉄鋼が宛がわれている。
 つい先日、時の政府からの特命が下された『極の修行』をして戻ってきたのだ。

「城内に侵入して、王様と兵の人たちがどんなことを話してたか聞いてきた。それで……」
「殿下、そろそろ皆……限界かと思います……」

 小夜の後ろには、アポロに長く仕えている側近が姿を現す。彼の登場に、アポロだけでなく明石たちもまた顔つきを変えた。

「アポロ殿下の代わりに領主となられたお兄様が、悪政の限りを」
「その様子を見る限り、悪化しているのだな」
「は、はい……圧政と暴君は激しく、逃げ出そうとする者は見せしめに殺されている始末です……」
「そんな……」

 想像以上に変わり果てていく様子を耳にし、アポロは瞳を閉ざす。辺境地に追いやられてから、周囲の力を借りてここまでこれた。それもこれも、力を貸してくれたものだけでなく移住してくれた民たちの力があってのことだ。領主がどれだけ力を持っていようとも、地盤を固めるべく住んでくれる民たちが居ないと話にならない。
 王族であるがゆえに分からなかった、民たちの暮らしぶりはこの数日のうちに理解できたとアポロは思う。ここに身を置くことを了承してくれた蛮族たち、自身の様子を見に顔を出しに来てくれる民たち……そんな者たちの為に、立ち上がるべきなのかもしれない。

「殿下、そろそろなんらかのご決断を」

 こんな自分を慕い、追いかけてくれた者たち。幼いころから目をかけてくれた刀剣男士たち、出会って間もないというのに妻になることを望んでくれる愛すべき存在……
 かけがえのない者たちの為に、研ぎ澄ませていた牙を獅子は向ける時が来た。

「王が王たるために国が在るのではない。国とは、民なのだ」
「アポロ殿下……!」
「国のために戦う。今が、そうすべき時だろう」

 アポロの、揺らぐことない孤高の眼差しに……刀剣男士たちは顔を見合わせて笑顔を向ける。

「総攻撃を仕掛けるぞ。すぐに蛮族の頭と話し合わなくてはならん、人手が欲しいところだ」
「じゃあさ、俺たちも主に話し込んで何振か連れてくるよ! 刀種は幅広いほうが良いもんな!」
「城の外は、薙刀や僕みたいな大太刀が適してるからね。しかも、今やってる連帯戦では新しい大太刀が加わる予定だから、戦力としては十分かも」
「城内のような狭い場所は、短刀の独擅場みたいなもんやな。今剣が修行から戻ってくるさかい、すぐに部隊を作るよう進言しとくわ」
「心強いな。これほどまでに、お前たちが仲間であったことを嬉しく思ったことはない。こき使いまわしてやるからな」
「あー、でも俺は激しいものとか勘弁やな……」
「「明石!!」」

 少々めんどくさがり屋な明石の言葉に、愛染と蛍丸が声を上げる。手狭な藁の家では、賑やかで明るい笑い声で溢れ返っていった……





 アポロが、城を占領している父王と兄王子への総攻撃を仕掛ける。
 そう愛染から話を聞いた審神者は、最後の書類にサインを終わらせてから顔を上げた。

「こんのすけ、いる?」
「はい、なんでございましょうか。主様」

 何もない場所から、浮かび上がるようにして部屋に出現した小さな狐。この者の名はこんのすけ、時の政府と審神者の連絡手段として立ち回っている管狐だ。その他にも、審神者の身の回りの世話も担当している。

「政府に許可を取ってもらいたいの、一度だけ現世に出向けるようにね」
「主様が現世へ!? 一体どちらへ……!!」
「紅鏡の国・フレアルージュよ」
「!!」

 目を見開かせるこんのすけは、毛を逆なでながら声を荒げていく。

「審神者様が現世へ向かうだなんて言語道断ですよ! しかも、そこは主様にとって所縁ある場所! そこへ、時の政府が許可を下ろすかどうか……!!」
「あら、指折りの優秀な審神者には無理な要望を一つ叶るというお触れを頂いたばかりよ? 私を高く評価してくれた時の政府に感謝しなくては」
「ですが……それとこれとは、次元が違いすぎます!! 下手をすれば、歴史を変えてしまう危険だってあるというのに!!」
「歴史は変えないわよ。変えるとしても、とっても些細な事だもの」
「主様!!」

 どれだけ異を唱えようとも、行く手を阻もうとも、目の前に座る審神者は掻い潜って行ってしまう。それは、こんのすけは重々分かっていることだった。だから、何度も反対の声を上げても首を縦に振らない主に頭を痛めている。

「……主様が、こんな我儘を言うのは初めてでしたね。分かりました、なんとかして時の政府から許可を頂きに向かいます」
「ありがとう、こんのすけ。いつも苦労をかけるわ」
「分かっているなら、無茶はことは言わないでください!!」

 頬を膨らませるこんのすけは、そのままこの場から姿を消していった。誰もいない部屋の中、審神者は自身の手のひらを見つめる。

「あの子には、何もしてあげることがなかった……いや、できなかったの。だから、不思議な縁で繋がれたこのチャンスを逃すわけにはいかないのよ。あの子の為にも……」

 そう呟くと、彼女はその場から立ち上がり部屋を出た。

「長谷部! 長谷部、いる!?」
「なんでしょうか! 主!」

 廊下に出ると、目を爛々と輝かせる長谷部が姿を現す。

「手の空いている刀剣男士たち全員、広間へ集めて! フレアルージュで起こる総攻撃の件について、話したいことがあるの。急いで!」
「はっ! 主命とあれば!」

 深く頭を下げた長谷部は、そのまま駆け足で廊下を渡っていった。審神者はと言うと、男士たちが集まる前にと広間へ真っ直ぐ向かっていった。

「さてさて、問題は……誰を派遣するかなのよねー。皆、アポロのことが大好きみたいだから選別が難しいわ。我が自慢の――ながら、色んな子の心を掴むのが上手になったものね」

 クスクスと笑いながら歩く彼女は、指折りしながら誰に派遣を頼もうか模索していく。辿り着いた広間では、既に主の到着を待つ男士たちが肩を並べていることに驚きながら……

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