姫君との出逢い(2/2)

 あれから数日後、この辺境地に一人の女性が足を踏み入れた。茶髪のミディアムに、胸元に愛らしいリボンがあしらわれている薄紫のロングワンピースを着ている。
 少しばかり不安げな表情を浮かべている彼女・トロイメアの姫は、従者に導かれるように大広間へとやってきた。玉座には堂々とした態度で座るアポロが、彼女を見下ろすかのように見つめている。

「無口な女だ。貴様、本当にトロイメアの姫か」
「は、はい……!」

 緊迫した空気、肌に刺さるかのような威圧感……そのどれもに、彼女は身を縮こませていた。
 誰がどう見ても、彼女は一般人であるのは間違いない。世間ではトロイメアの姫として名が知れ渡っているわけだが、彼女自身もまた事情がありそうである。

「返事もまともにできないのか」

 溜息をつくように言葉を漏らすアポロに、姫は小さく震えながら視線を下へと向けている。すると、後ろで控えていた男が彼の頭目掛けてゴツッと何かを振り下ろした。
 想像以上に大きな音が部屋に響き、従者や姫も何が起きたのか分からず目を丸くさせている。

「これ、アポロ。それは女子に向ける態度ではないぞ」
「……三日月、貴様……ッ」

 アポロに手を出した犯人は、三日月宗近のようだ。彼が手にしている鞘に収まる刀がアポロの脳天へ目掛けて振り下ろされたのである。

「すまないな、姫。この男、根は非常に優しい奴なのだ。緊張してる故、心にもない事を口走ってしまってるようでな」
「おい……!!」
「ところで、このような場所に姫を呼んだという事は何かお礼の品でも献上するつもりか?」
「……ああ、そうだ」

 首をかしげながら問う三日月に、アポロは脱力した肩を持ち上げながら再度姫へと視線を向けた。

「この俺を目覚めさせてくれた礼として、一つだけ望みを叶えてやる。早く言え」
「はい……えっと」

 再度背筋を伸ばす姫は、言い淀んでいるようにも見て取れる。それもその筈、唐突に『望みを叶える』と言われたのだ。願いなど、すぐに出てくるようなものではない。

「……苛々する奴だ。では選べ、二つに一つだ」

 眉間に皺を寄せながら、アポロは姫に選択肢を提示した。富と美、どちらかを選べと言うものだ。
 選択肢が生まれれば、要望に近いものを選んで提示してくれる。そうアポロは思ったに違いない。だが、彼女の応えは予想外のモノであった。

「すみませんが、どちらも必要ありません」
「なんだと?」

 まさか、断ってくるだなんて思わなかったのだろう。アポロは目を丸くさせながら固まってしまっているようだ。

「富は、この土地に住んでいる皆様の為に。美は、繁栄の道を進んでいる皆様の行く先にこそ価値があるモノになりますから。私の祈りの力でアポロ王子が目覚め、それで皆さんが喜んでくださっているところを見れただけで、私は十分です」

 意の込められた言葉に、アポロは言葉を失っていた。出逢った当初は、なんとひ弱な女だと思っていたのだ。それが、今はどうだろう。小さく震えながらも、真っ直ぐ見据えるその瞳に好感さえも抱く。

(この女、なかなかに面白い……)

 礼の品を献上し、それきりの付き合いにするには惜しい。それどころか、手放すことさえも惜しいと思っている自分がいる。純粋な漆黒の瞳に吸い込まれそうになるアポロの横では、ニコリと笑う三日月が口を開いた。

「だが、折角御足労かけてくれたのだ。もし良ければ、このじじいと茶を飲んでくれると嬉しいぞ」
「じ、じじいって……とてもお若いのに、そうは見えません」
「いやいや、これでも十一世の末に生まれた身だ。姫から見れば、歳の離れたじじいも同然だぞ」
「それ賛成だ! アポロの話に断りを入れるだなんて、面白い驚きを見せてもらったしな」

 はっはっは、と笑う三日月の後ろから頭を出したのは鶴丸だ。目をキラキラと輝かせている鶴丸は、目の前に立つトロイメアの姫に興味を示している様子。

「……では、お茶飲みの仲間として一時を過ごす、ということで今回の件は良しとしていただけたらと思います」
「だ、そうだぞ。良いかな? アポロ」
「姫君がそれで良いのであれば、俺からは何も言わん」

 ハァと息を吐くと、アポロは席から立って歩き出す。この後も公務が立て込んでいるのだ、それらに手を付けなければ今日の業務を終わらせることが出来ないのだ。
 だが……

「勿論、アポロも参加するであろう? むしろこれは強制だぞ」
「は?」

 表情を崩すことなく話す三日月に、アポロは目を点にさせながらふ抜けた声を漏らす。そんな彼の態度に、三日月は首をかしげる。

「トロイメアの姫君への接待も、れっきとした勤めではないのか? アポロが呼んだ姫君なのだから、そなたが対応しないでどうする?」
「貴様らがやれば問題あるまい。俺は暇ではないのだ」
「それは聞き捨てなりません」

 ハッキリとした口調でそう話をしたのは、三日月や鶴丸の後ろに立つ美青年だ。豊かな黒い長髪、側頭部には白金色と紫の髪飾りが付けられている。
 彼の名は数珠丸恒次、三日月と同じ天下五剣のひとつと言われている太刀だ。軍服のような洋装の上に、丈の短い白い上着を纏っている彼は、普段閉ざしている瞳をゆっくりと開いた。

「アポロ、ここ数日は寝る間も惜しんで仕事をしていると聞きます。そんな状況を、私が見逃すとでも思っているのですか?」
「俺には成すべき目的がある。立ち止まるわけにもいかん」
「なら、尚更休まなきゃダメだね」
「!!」

 目の前へヌッと顔を出す男に、アポロはビクッと驚きながら肩を上下に動かした。まるで幽霊の様に、ユラリと姿を現したのは……にっかり青江だ。

「無理をして、身体を壊して、数日寝込んだのは今までで何回あったかな? そろそろ限界も近いはず、少しだけで構わないから神経を休める時間が必要だよ」
「だが……ッ」
「急ぐ気持ちは理解しているつもりさ、だったら尚更だろう。また数日寝込むつもりなら、止めないけど?」
「…………」

 満面の笑みを浮かべる青江に、アポロは暫し動きを止めた後、ハァと盛大な溜息を洩らした。
 つまり、三日月たちと共に茶飲みに付き合うという事だ。「では、場所を移動しようか」と嬉しそうに話す三日月と共に、アポロは青江に引きずられながら広間を後にするのだった。

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