Side 姫

「何……?」

「俺の不在に、城と妃を奪って征服しようとでも思ったのか? 浅はかだな」


振り返った先には、見送った時と同じ堂々としたアポロが笑みを浮かべて立っている。

その姿に、私はホッと安心したような息を漏らした。


「それに、それはお前には過ぎた女だ」


片手に炎を宿しながら歩むその姿に、ダイア様は気圧されたようでゆっくりと後ずさりを始めた。

以前見た時と比べ、気高く、激しく燃え上がる紅蓮の炎は消える気配がない。


「ば、馬鹿な! 何故ここにいる!?」

「わめくな、耳障りだッ!」

「……ッ!!」


腕に宿した炎は形を変え、まっすぐにダイア様へ向かって飛んで行った。

だが、炎は彼の元へ行くことなく足元に落ちて廊下の一部を燃やすだけだ。でも、それだけで彼が腰を抜かせるには十分だろう。

緩んだ腕の隙を突いて、私はダイア様から離れアポロの元へと駆け寄った。


「アポロ……!」

「悪い、もう少し帰りが早ければ……」

「いいえ、気にしないでください! こうして着てくれただけで、本当に嬉しいのだから」


走り寄る私を、彼は逞しい腕に引き寄せ隙間なく抱きとめてくれた。

彼の腕の中でホッと安心すると、アポロもまた私の姿に安堵の息を漏らしダイア様へと視線を向ける。


「動くと思っていた、愚かな兄よ」

「な、何故だ……お前はまだ、戻ってこられないはず……!!」

「あの程度の領土を抑えることなど、半日もあれば十分だ。俺の力を舐めているようだな、父も……貴様も」

「く……ッ、まあいい。今回は撤退してやる。今回だけはな!」


なんとも惨めな捨て台詞を吐く彼は、連れてきた兵に声をかけそのまま撤退していった。

慌ただしかった城内に静けさが訪れ、アポロの腕に灯された炎もいつの間にか消えている。


「……怪我は?」

「大丈夫です。でも……」


炎を宿す能力を使うと、比例するように彼の体力が急激に削られているはず。

アポロは酷く疲れている筈なのに……堂々としたその姿からは、とても疲れなど感じ取れない。


「案ずるな、俺も平気だ。城内の兵たちの配備が完璧だった、話を聞くとお前の指示で動いてたようだが?」

「司馬一族たるもの、軍略を得意としている家系ですから! 兵の配置、待ち伏せ、仕掛け……鼠一匹も逃さない配分など思いついて当然です! まあ、父や兄の真似事ですけどね」

「成程な、俺はどうやら……心強く安心できる妃を娶ることができそうだ」


クツクツと面白おかしく笑っているようだが、その笑いもなんだか少し無理をしているようだ。


「護られてばかりの妃でないのは、今回で痛いほど分かった……」

「留守を任されたのです、王が安心して帰れる場所を提供するのは当たり前でしょう? さあ、早く部屋へ……共に休みましょう」


少しだけ体重を私へと傾ける彼を支えながら、彼の部屋へと伸びる廊下を歩いて行く。

久しぶりに軍略を巡らせたこともあり、私も疲れがやってきたようで、彼の部屋で暫し休息を取るのだった。
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