02
少しだけ驚いていた。だって、この感じる気配は……先日出逢った人達の気配と似ていたのだから。自分が想像している人物が、この場所にいることはあり得ない。何故ならここは過去の世界だからね。
警戒するように、永四朗は武術特有の構えを作り、私は片手をポケットの中に入れてもう片方の手で帽子を押さえた。
闇の奥を見据えていると、まるでその場から浮き上がるように三人の男達が姿を現す。一人は黒い道着を着た赤髪の男、もう一人は長い髪を頭の上で結んでいる男で腰に拳銃を装備している。
「ほう? いきなり人間の気配が増えて気になって来てみれば……」
彼らの間から現れた、色素の薄い髪をなびかせている深紅の瞳に息を呑んだ。
「貴方……千景、さん?」
「ッ! 貴様、何故俺の名前を知っている……?」
そう、見間違うはずがなかった。彼は、あの時私達を助けてえくれた……千景さん本人だ。だけど……雰囲気があの時とは違う。少し性格的にトゲのようなものも感じるし、なにより近くにいるはずの灯さんがいない。
あの二人は夫婦だと聞いていたし、いないのは不自然すぎる。あんなに彼が溺愛していたっていうのもあるけれど……
「??」
「秋穂、ここは過去の世界です。もしかしたらまだ彼が彼女に出逢う前だからじゃないですか……?」
疑問符を頭上に浮かべながら首をかしげていると、そっと永四朗が私の耳元でそう言葉を残してくれた。その考えが正しければ、納得がいく。千景さんの様子を見る限り、まだ灯さんと出逢っていない可能性もある。
……というより、何故彼らがこの世界で存在しているの? 普通生まれていないでしょ!?
「おいお前ら、ヒソヒソと内緒話してんじゃねぇよ」
カチッと長髪の男が銃を構えてきた。
先日の騒動の中、確か灯さんに"匡"と呼ばれていた人だ。合っているなら、その隣に立っている人は"久寿"さんかもしれない。匡さんは、拳銃を構えてはいるが打つ気はないようだ。
もしかしたら、話しさえすれば私達に力を貸してくれるかもしれない。あの時、彼らは私達を知っている風に話していたから――
『当たり前だ、貴様はこの先で俺たちと出逢うのだからな』
レストランでそう私に話していた千景さん。もしその言葉の意味が、この場面に当てはまるのだとしたら……
私達は、彼らと接触してこの先起こる"何か"に関わらなければいけないかもしれない。そう思い、私は被っていた帽子を永四朗に渡して歩きだす。
「秋穂……?」
「なんくるないさー。話をするだけやっし」
心配そうに声をかけてくる彼に言いながら、私は単身で彼らの前に立つ。そして、小さく頭を下げた。
「お初にお目にかかります。私、何でも屋の木手秋穂と申します」
なるべく悪い印象を与えないように、心の端で警戒しつつ私は彼らにそう話を切り出した。
「何でも屋、ですか。聞き慣れない言葉ですね」
「そう思うのも仕方ありません。あまり知れ渡っていない職業ですから」
久寿さんの言葉に返事をしつつ、彼の表情を読み取ろうとするけれど、無表情を貫き通しているせいか……なかなか読みとる事が出来ない。
「ちなみに何でも屋というのは、文字通り"何でも"仕事をこなす人の事を言います。私と後ろにいる彼、あと家の中にも何人か仲間がいますが、私達は一つの集団として行動をしており、今日初めてこの地に来たばかりなのです。最後まで気配を消せずにいたせいで、貴方達に見つかってしまいましたが」
ニコッと微笑みながら私はそう言葉を紡いだ。今、私が話したことは半分本当で半分嘘で出来ている。
いきなり現れた事をどう説明しようか迷った結果がこの話だけれど、彼らに上手く信じてもらえるかが心配だ……
「――成程。いきなり気配が増えたのはそのせいか……」
暗いせいで、千景さんの表情は読み取れない。だけど少しだけ面白そうに笑みを浮かべているのだろう、と彼の声色を聞いて思った。
「たまには別の場所を訪れてみるのも良いな。これは大きな収穫だ」
「そりゃどうも……?」
首をかしげながらそう答えると、千景さんは面白そうにクスクスと笑って私達を見ている。
私、変なこと言ったっけ……?
「今日は引いてやろう。秋穂とやら、お前に一つだけ問う」
「なんでしょう?」
この場を去る気配を感じたから、私も永四朗の元へ戻ろうとした矢先の言葉に、私は返事を返す。
目を細めて、何かを感じ取ったような雰囲気の彼は……ゆっくりと口を開いた。
「貴様――人間ではないな」
初めて出逢ったというのに、その言葉を彼が言うてくるとは思わなかった。
確かに、こんな不死身の体を持っている私は"人間"ではないかもしれない。でも、私は"人間"で在りたいと思う。そういう気持ちを持ちながら、私は――
「そういう貴方達も、人間ではないでしょう?」
「ッ――!?」
私の言葉に驚きを隠せないのだろう。三人それぞれが目を見開いていた。
彼らが人間でないのは、あの騒動の時見た光景を思い出せば一目瞭然だ。白髪の髪に黄金色の瞳、そして額に生えていた角……あれはどう見ても"鬼"にしか見えなかった。昔話でしか聞いた事のない"鬼"という存在が、この時代でひっそりと点在しているのかも。
ま、詳しい事までは知らないけどさ。
「あ、そうだ。名前聞いて良い? こっちは名乗ったんだからさ〜」
「そっちが勝手に名乗ったんじゃねーか」
「名前が分からないと話しにくいじゃない。私だけが千景さんの名前を知っているのはフェアじゃないし」
「ふぇあ?」と言いながら首をかしげる匡さん。聞き慣れない外来語に疑問を抱いているようだ。
そんな彼を横に、千景さんは更に笑みを深めて「面白い奴だ」と小さく呟いているのが見て取れた。
「良いだろう、名乗ってやる。俺は風間千景だ」
「私は天霧久寿と申します」
「あ? 俺も名乗った方が良さそうだな〜。不知火匡っつーんだ。宜しくな」
千景さんを筆頭に、二人も名乗ってくれた。再度聞く手間が省けて良かった。
「今日はもう遅いです。またお会いする事があれば、その時に色々話しましょう」
「ああ、そうだな」
お互いにそう言葉を交わすと、彼らは背を向けてこの場を去って行った。
とりあえず、印象は良い方向で与える事ができただろう。疑問は持たせてしまったと思うけど……
「秋穂、大丈夫ですか?」
「うん、話をしただけだしね。跡部君達にも、千景さんの話をしておかないとね」
「ええ……」
心配そうに話しかけてくる永四朗から帽子を受け取って、私は彼と共に建物の中へと入るのだった。
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