01
悲劇は、繰り返される。
それは私達の身の回りではない場所でも同様に……一度解決されたと思っていた出来事が、ふとしたきっかけで表へと顔を出す事がある。
もし、悲劇が再び時を越えて巡ってきたら……止められる事はできるのだろうか?
01章:プロローグ
沖縄の中でも一番都会的な建物が並ぶ街の端に建っている立派な建物がある。
赤い鳥がトレードマークのこの建物は、私が店長を務めている店であり、本土で注目を浴びている大きな組織の支店だ。
「ただーいまー」
「おかえりなさい!」
店長である私の声に反応してくれたのは、一つ年下の元後輩・うおちゃん。本土から沖縄へ数年前に引っ越してきた彼女は、茶髪のロングヘアーは変わらず、大人びた綺麗な女性へと成長している。
彼女は私の経営しているこの会社『Bloody Bird Company 沖縄支店』の従業員として働いてもらってます。
一応、私の手助けをしてくれる形を取っていて……細かいところに気付いて動いてくれるからとても助かる。
一応自己紹介しておこうかな。私は木手秋穂と言います。生まれは東京・育ちも東京だけど途中から沖縄に移った沖縄民です!
ちなみに、私はさっきまで沖縄全土を視察していました。一応高校時代からずっとやっていることだしね。先日、沖縄知事の人直々に挨拶されて「今後も宜しくお願いしますね」なんて言われた時はビックリしたな〜。
更に『私がいるから、沖縄の治安が良くなっているんだ』なんて言われてしまった時はどう言葉を返そうか困った事を憶えている。
「何か問題ありましたか?」
「いんや、いつもと変わらず平和に過ごしていたよ。さっき寄った比嘉高のテニス部員の子たちも、来月全国大会らしくてね……一生懸命練習してたよ」
「そうですか……」
テニス部の全国大会。
このフレーズを飽きずに聞いていたあの高校時代が、今から10年も前のことだなんて……時の流れは恐ろしいよね。
「あ! もうすぐ海外のテニス試合が放映されますよ!」
「もうそんな時間だったの?」
「はい! 早く行きましょう!」
内心驚きながら、うおちゃんと一緒に早足でテレビが設置されている広間へと向かう。
目的の場所には、この建物で働いている人達の大半が陣取ってテレビを付けて待機していた。勿論、今見ているのはテニスの試合。次の対戦相手の紹介が流れようとしている。
「店長! 遅かったあんにやいびーんか!」 (店長! 遅かったじゃないですか!)
「わっさんわっさん。うっぴーねぇ時間かかっちゃって……」 (ごめんごめん。少し時間かかっちゃって……)
「旦那さん、そろそろ出てくる頃やいびーん」
旦那さん、という言葉に少しだけ頬が熱くなっていくのを感じる。ううう……結婚して七年になるというのに、慣れないな〜……
『さあ、世界テニス大会も盛大に盛り上がってきました! 今回の対戦者は、全世界が注目する事間違いないでしょう』
『そうですね。今から行われる試合に出てくるのは、言わずと知れた彼……木手永四朗選手が登場しますからね! 皆の注目が集まるのも無理はありません』
日本人のリポーターの言葉を聞きながら、テレビ画面には広いテニスコートに姿を現す永四朗が映し出された。
10年前以上にカッコ良くなって、沖縄の太陽に焼かれた肌が外国の太陽に照らされ輝かしく見える。眼鏡越しの紫の瞳は、いつもと変わらず空を見つめてからコートの方へと動かしていた。
対する今回の対戦相手はと言うと……
「やあ、木手。今回は楽しもうじゃないか」
「ええ。こちらもそのつもりでいますよ……幸村君」
肩から靡かせているのは、黄色いユニフォーム。白いバンダナをしており、片手に愛用のラケットを握っている。
10年前、王者と謳われた立海大附属高校のテニス部部長・幸村精市君が昔と変わらない笑顔を向けてコートに立っていた。
『今回の対戦、世界ランク一位の木手選手に対し世界ランク七位の幸村選手が挑みますが、今回の闘いはどう展開されると思いますか?』
『木手選手には、沖縄武術で有名な縮地法を使ったコート移動と"ビックバン"と言った必殺技を持ち合わせているので、今回もその必殺技が見られる事を期待しています。対する幸村選手は、『神の子』と呼ばれていますからね。選手の五感を奪ってしまうという不思議な技も見物ですので……勝負の展開は予測できません』
『今回の二人の対戦は、特別生放送で全ての試合をお送り致します。では試合準備も含めますので一旦CMに入ります……』
リポーターの声と同時に、テレビ画面はCMへと切り替わりテレビを凝視していた人達が一息つかせている。
「相変わらず、店長ぬ旦那さんやカッコイイやいびーんね〜」 (相変わらず、店長の旦那さんはカッコイイですよね〜)
「ツアー中なぬんかいもかかわらず、くぬめーや急んかい帰ってきてあきさみよーしがね」 (ツアー中なのにもかかわらず、この前は急に帰ってきて驚いたけどね)
「だぁやっさーけ、店長がでーじやしがくとぅやいびーん! わんもあんねーるカッコイイ旦那を見つけなきゃ……!」 (それだけ、店長が大事だってことですよ! 私もあんなカッコイイ旦那を見つけなきゃ……!)
沖縄支店で働いている人達のほとんどは、私より三つ以上離れている女性が多く務めている。中には永四朗の大ファンになっている人もいて、よくサインを貰ってきてほしいと言われた事があったな。
今日はやるべきことは終わらせてきたから、ゆっくり永四朗と精市君の試合を見れそうだ。
―ラン♪
「……あり? なまぬーか音がしやびらんやたんか?」 (……あれ? 今なにか音がしませんでしたか?)
「言われてみれば……」
―ラン♪ ラン♪
従業員の声に反応するように、独特の電子音と、リズミカルな音が部屋に響く。
―ラン♪ ラン♪ ラン♪
「あの、秋穂さん……」
「もう……こういう時に回線繋げなくても良いのに……」
そうブチブチ言いながら、私は立ち上がる。
「わっさん、ちょっと席外すね!」
「はーい!」
皆に一言声をかけてから、私は広間を後にする。
向かう場所は一ヶ所、私が事務処理を中心に使っている部屋……店長室。大手企業で言うところの『社長室』と同じ造りになっている場所だ。
一応店長室にもテレビはあるから、永四朗たちの試合が見れなくなるわけじゃないからね……早足で向かおう。
「うおちゃんが心配そうに話してたけど、こういうことをしでかす人なんて一人しかいないから……!」
そう。この発信音を出している元凶は、私がこの『B.B.C』の一端を任される前から顔合わせをした事のある常連さん。
現在は別の組織と合併して、新しい体制になってから相当時間がたってるけど……その組織のボスとも呼べる人からの、通信を知らせる音が鳴り響く。
こんな音、設定した覚えはないから……多分彼が勝手に私のパソコンに侵入して音を鳴らしているんだろう。
「もう! 五月蠅いから!!」
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