最終章
*姫条Side*
「姫条、お前今度の日曜絶対来い。必ず来い。むしろ強制だ」
「は?」
本日二度目になるであろう俺の間抜けな声。
放課後が近づきつつある教室の中で、俺を指さしながら鈴鹿がそんなことを言い出した。
「紺野が遊園地の招待券持ってんだ。誰か友達誘えって五月蠅くってさ」
「だからって、何で自分は俺を指さして言うんや」
「は? お前馬鹿だろ」
「お前に馬鹿って言われる筋合いないで」
呆れてそう答えると、鈴鹿は「分ってねーなー」とボヤキながら言葉を続けた。
「紺野も友達誘うからって言ってたんだ。アイツの友達の大半は俺と面識のあるやつばかりだし……で、俺は考えた。8割以上の確率で、紺野は赤屍を誘ってくるってな」
「!」
「お前らがくっついてくれれば、コッチも踏ん切りがつくんだよ! ちっとは察しろ、バーカ!」
また馬鹿発言しよる……
「んじゃ、俺の用事はこれだけんだ。今度の日曜日なー」
「え、あ、おい!」
まだ行くなんて返事してないでッ! ったく……
だけど、アイツの言うことが本当なら……行った方が、エエんやろな。たぶん。
***
「行った方が良いに決まってるじゃない。何をそんなに難しく考えてるのよ」
「いや、あの、その……」
その日の夕方、俺は珍しくバイトも休みで秋奈ちゃんのいないHonky Tonkに足を運んでいた。
別に約束をしていたわけやないけど、カップを片手にのんびりと時間を過ごしとる彼女を見つけたんや。
秋奈ちゃんの良き理解者であろう、工藤卑弥呼っちゅう人を……
「君、恋って初めて?」
「ん? 当たり前や」
「誰かと付き合っていた経験は?」
俺は口を閉ざす。表向きの“付き合い”は何度か経験したことがあったから。
でも、どれもあっけなく終わるようなものばかり……お互い本気じゃなかったっていうのも理由の一つなのかもしれへん。
「一生に一度しかしないような恋をしてる証拠だね、姫条君は」
すると、いつものように煙草を口にくわえながらニカッと笑うマスターが口を開いた。
この人も、彼女同様秋奈ちゃんの良き理解者なんだって知ったのはつい最近のことやった。
「恋はね、人を不器用にさせる力があるのよ」
「不器用に、か?」
「そう、あのDr.ジャッカルだって大切にしたい存在ができた当初は大変だったんだから〜」
「あのお兄さんが……?」
俺の問いに、卑弥呼さんはコクコクと頷いた。
全部知っているわけやないけど、連れ去られた先で見たお兄さんの働いているであろうあの姿は、とても怖いと思った。
あの空気・オーラが、彼を“殺人鬼”と呼ばせているのかもしれんな。
「彼も不器用でね、何度も相談に乗ったわよ。その時は馬車さんも一緒だったけど」
「あのトラック運転していたオッサンか?」
「そうよ〜」
クスクスと笑いながら、話を進めてくれた。
「自分に素直になるということは、とても勇気がいること。でも、その勇気は自分にとってとても大きな力になる。この先を想像して困って何も言えなくなってしまうより、直球で当たって砕けた方が、相手も自分も楽だと思うわよ」
「そうそう、君たちはまだ若いんだから。若さのパワーで前進していけばいいんだよ」
「……へへっ、そっか!」
なんか、元気が出てきた。
俺は、気付かないうちに味方をぎょうさん作っていたんやなって思い知らされた時でもあった。
知り合って日が浅いけれど、それでも、こうして相談に乗ってくれるというのは、とてもエエことなんやな。
「よっしゃ、今度の日曜日が勝負やッ!」
俺はほとんど人のいない喫茶店の中で、拳を作ってそう叫んだのだった。