最終章
*秋奈Side*
「どうした? 浮かない顔して……」
机に肘を付けてフゥ、と息を吐いていると葉月君が声を掛けてくれた。
「ううん、ちょっとね……」
「悩み事か?」
「まあ、そんなところ」
口数が少なく、一人浮いている印象がある彼が私に声を掛けてくれたことに驚いた。
あまり会話したことがないから、尚更って感じもするけど。
「まあ、あまり引きずるなよ」
冷たい一言のようにも聞こえるけど、これは彼なりの励ましの言葉なのかな。
私は「うん」と返事を返す。それと同時に授業開始のチャイムが鳴る。
「諸君、早く席に着きなさい!」
氷室先生の声が教室に響き、クラスメイトたちは慌てて自分の席へと戻って行った。
「それでは授業を開始する。教科書のP.52を開け」
今日の数学の時間、一応予習していたから大体話はわかるものの……私はぼうっと窓の外を見つめた。
一番後ろの窓際にある私の席は、熱く照らしつける太陽光線を直に受けていた。
そうか、そろそろ夏がやってくるのか……兄さんの結婚式も、明後日に控えてるし。
もう一度小さく息を吐くと、頭からコツンという音と共に衝撃を受けた。
「いたッ……」
「赤屍、君は私の授業を真剣に受ける気があるのか?」
「あ……」
いつの間にか目の前にいる氷室先生に睨まれるように見つめられた。
周りの生徒も、私へと視線が集中してた。あっちゃ〜〜……
「授業終了後、職員室に来るように。以上」
「うっそ……」
なんで呼び出し!? て、私が驚くのも束の間、氷室先生はさっさと教卓の方へと戻って行った。
ハァ、今日は運がないな〜〜……
そうこうしていくうちに、授業終了のチャイムが耳に入ってきた。
「秋奈も馬鹿だよね〜〜」
教科書をしまっていると、なつみんが半分笑いを堪えながら声を掛けてきた。
「馬鹿って言わないでよ……」
「ははっ、ゴメンゴメン。でも珍しいね、悩み事? 姫条絡みの」
「う゛」
恋のライバルから大親友になったなつみんだ。こういうことは敏感に反応するんだね。
「素直になりなって!」
「でも、やっぱりさ……」
「アンタは怖くない、私らの関係は変わらない! 以上!!」
氷室先生のマネをするように、人差し指を立てるなつみんに、私は小さく笑みを浮かべる。
私に気を使ってかけている言葉だって、分っているけれど……ちょっと心配。
過去のこともあるし、なつみんのことを信じていないわけじゃないけど……
「ほーら! 早く行く!! 今日は一緒に喫茶店に寄るんだからね!」
「う、うん!」
バシッと背中を叩かれ、慌てながらも私は職員室へと向かう。アンドロイド説で有名な氷室先生が待つ、職員室へ……
***
「失礼します、氷室先生……」
「赤屍か、来なさい」
職員室のクーラーの冷たさを肌で感じながら、書類へと目を動かす氷室先生の座る席へと向かった。
「あ、あの……私、なにかしましたでしょうか?」
「いや、何もしていないはずだが」
「? じゃあ、何で呼び出しを?」
手を唇にあて、少し言いにくそうに氷室先生は口を開いた。
「何か、悩み事があるのではないかと思ってな」
「え……」
「先日の姫条のような態度をとっていたからな。彼も悩みがあるとよくやるんだ……君たちは似た者同士という話も耳にしている」
姫条君も、何かを悩んでいる……? でも、いったい何の……?
彼のことも気になるけど、今は目の前にいる先生と話をしよう。
「あ、あの……よろしければ相談に乗ってください!」
「宜しい。そういう言葉を待っていた」
ニッと笑う彼の顔は、いつもの冷血な印象ではなく優しい先生の表情を浮かべていた。
「先生は、恋とかしたことがありますか?」
「――ない」
おっと、そう断言しないでほしいな……心の中でガクッと肩を落としてから再度質問をする。
「あの、一般論でも構わないので恋についてのお話を……」
「そうだな……恋とは、人を不器用にさせると考えられている」
不器用、か。なんとなく、分かる気がする。
「好意を抱くというのは、誰しも必ず持つ感情の一つだ。この想いを成就させるか失うかは、その人自身の問題になると考えられる。しかし、お互いの弱い部分を見せ合いそして尚且つ支え合う力になるなら……これ以上の恋愛はそう誰しも体験できないと思う」
「そう、ですか……」
「君は、心の闇に面と向かう必要があるみたいだな。その闇を知っても、ずっと傍にいてくれる存在と一緒になるといいだろう」
優しく語る先生に、少し重荷が軽くなったと私は思う。そして去り間際……
「こんなにたくさん話してくださるとは思いませんでした。先生も恋してる証拠ですね♪」
「ッ!! 君に話すことはもうない! 早く職員室から出なさい!!」
「はいは〜い!」
やっぱり良い先生だよ! 氷室先生は!!
ニコニコしながら廊下を歩くと、前方で手を振る人影が見えた。
「秋奈ちゃん!」
「タマちゃん! どうしたの?」
なつみんの次に仲良くなったバスケ部のマネージャーをしている紺野珠美ちゃん。通称タマちゃんが、小走りになって私のもとにやってきた。
「あのね、今度の日曜日なんだけど……何か予定ある?」
首を傾げた後、フルフルと首を横に振る。すると、タマちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべて話した。
「遊園地の招待券があるの! 一緒に行かない?」
「ホント!? 私、遊園地とか行ったことないんだよね〜。行く行く!」
「良かった〜、じゃあ現地で会おうね!」
「了解! もしかして、二人?」
自分とタマちゃんを指さしながら話すと、タマちゃんは首を横に振る。
「あ、あのね……四枚あるの。招待券」
「ということは、他に誰か誘うんだね」
「うん。じゃ、当日ね!」
少し顔を赤くするタマちゃんを見て、私はなんとなく察しがついた。
たぶん、鈴鹿君を誘うんだろうなって……
となると……最後の一人って、誰だろう?