*Side 跡部*


「ッ……」


また、今日も見つけた。下駄箱の前で、俺の方を見て小さく微笑む彼女の姿を。周りからいつも聞こえてくる黄色い声が、まるで遠くの方から小さく聞こえるかのような……そんな状態に、一時的に陥っていた。


「またあの子かいな」


そんな俺の横から聴き慣れた関西弁が聞こえてくる。


「確か俺らの一つ下の学年にいる子やろ? 跡部も物好きやな〜」

「テメェ、何が言いたいんだ?」

「いんや? ただ、俺様跡部様って呼ばれてるお前でも、純粋な気持ちってモン持っとるもんやなって思うてるだけや」


面白そうに笑う関西弁人間・忍足が言う通り、なのかもしれねぇ。コイツの目には、俺が只の"興味"でアイツに興味を持っているのだと思っているだけみたいだ。だがな、俺は遊び半分でアイツを目で追っているわけじゃねーんだよ。

確か、去年からだったな。きっかけは、アイツの話を耳にするようになってから……

中等部から入ってきた奴で、吹奏楽部に所属しフルートを吹く。時々ヴァイオリンなんて代物を手にすることだってあるんだとか。

吹奏楽部が活動している場所は様々だ。ある時は音楽室、ある時は体育館。自主練なのか、楽器を持った奴らを何人かテニスコート近くで見かけることだってある。

その奴らが自主練をしている時――確か去年の夏休みの事。





***





テニス部も夏休みは連続して部活動をしている。あの日も、休憩時間に黄色い声を上げる奴らを避けながら、水飲み場で水分を補給していた時に聞こえたあのメロディ。


『……? フルート?』


今まで聞いたことのない、透き通った音だったことを憶えている。何かに惹かれるように、俺は音の発信源を探しに足を動かした。

そして……見つけてしまった。校舎の隅にある少し大きな木の下で、楽譜をめくりながら曲の練習をしている彼女を。


『毎日同じ曲も、なんだかんだ言いながら飽きるんだよね』


そうポツリと呟く綺麗な声の後、吹き慣れているであろう曲を演奏し始めた。俺が聞いたことのないような曲……だが、すごく良い曲だったってことだけは憶えている。


『サクラ〜〜!』

『あ、お姉ちゃん』


演奏を一時中断し、彼女は姉と呼んだ人物に明るく声をかけた。今聴いてもハッキリ言える。彼女の凛とした声は、俺好みの声だってことを……


『ホラ、忘れ物だよ。この時期は暑くなるからね〜、水分補給はしっかりしなさい』

『はーい。お姉ちゃんが氷帝学園に来るなんて珍しいね、もしかしてデートに行く途中とか?』

『バッ……違うわよ!』


姉をからかっている時に見た彼女の笑顔は、夏の太陽に当てられてとても綺麗に輝いていた。

今まで見てきた女以上に、アイツの笑顔がすごく綺麗で……思わず、見惚れてしまったことを――俺は一生忘れない。


『確か設楽さん、だっけ? お姉ちゃんも大変だねー』

『そう言うアンタこそ、今年中に彼に声かけられそうなの?』


アイツの姉の言葉に、俺はピクリと反応する。彼って、誰の事だ?


『ん〜、どうだろう。私は、ただ見つめていれば……それで……』

『アンタって子は、無欲なんだから〜』

『だって、近寄り難いというか……オーラが、ね』


慌てて言う彼女に、俺は小さく心が痛んだ。アイツ、好きなヤツ……いるのか。


『そう言う時こそ、コレだ』


ニッと笑いながら差し出されたモノに、アイツは首をかしげた。


『花、だよね』

『そう、サクラソウって言うんだ。外国では"鍵の花"って言われてるらしい』

『へー、お姉ちゃん物知り〜』

『この前、同級生の琉夏君に教えてもらったの。琉夏君はね、サクラソウのことを"妖精の鍵"だって、話してくれたんだよ』

『妖精の?』

『そう!』



"一つだけ望みを叶えてくれる妖精の鍵。心に想い描く人の元へ、きっと連れてってくれる"



そう語る彼女の言葉に、アイツは「素敵な話だね」と言いながら笑う。


『私もね、サクラソウを片手に心に想い描く人を探している真っ最中なんだよ』

『その人が、設楽さんだったらいいね』

『そうね。アンタも、ね!』


コツンと額を突かれ、花を手渡した姉は手を振って去って行った。アイツは、手渡された花を見て小さく微笑む。


『妖精の鍵、か……』


手渡された小さな一輪の花を見つめ、彼女は小さく笑みを浮かべた。


『心に思い描く人の元へ……私を、導いてくれるのかな……』


そう呟き、貰った花を楽譜の横に置いて、練習を再開した。俺も、我に返るように校舎の影から姿を消す。部活に集中する為に……

だが、どうも俺は気持ちの切り替えというものが苦手らしい。いざ部活に集中しようにも、脳裏には彼女の姿がよぎる。

フルートの音色を聞いただけで、動かしていた手を止めてしまうことだってしばしば。





***





そんな状態が続いて、今に至るってわけだ。


「ま、こんなんやから話しかけたくても出来んわな」

「ハッ、気楽に言ってくれるじゃねーの」

「他人の恋愛事ほど、見ていておもろいモンはないからな〜」

「テメェ……ッ」

「ちょッ! 怒らんといて!!」


ケタケタと笑ったり焦ったりする忍足を無視し、俺は下駄箱までズカズカと歩いて行く。

いつか……誰の目も気にしないような場所で……アイツと、話をしてみたい。そう心に決めながら、俺は校内へと向かうのだった。



 



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