相合傘 | ナノ
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▽ 晴れ渡る空




「…この本は一体なんだ?」


島を出た潜水艦は雨空の下、青い海をかき分けるようにして颯爽と進んでいた。
私はツナギの足元をまくり上げて、カッパを着込んで甲板のブラシ掃除をしている所だった。
キャプテンはそんな私に近づくと、そう言いながら片手にはあの時の傘を、片手には私の愛読書を持ってわなわなとしている。


「ああああ!!それっ!!隠してたのに見つけたの!!??」


思わずそう叫び、ブラシを放り投げてキャプテンの手からその本を奪おうとするも、さっとその手を頭上に掲げられて届かなくなる。やだやだやだー!返して!!そう叫びながらジャンプするが、キャプテンは更にそれを上に掲げて怒ったような声で私を叱咤した。


「…シャチがお前が妙な本を読んでいると言っていたから部屋をあさってみれば…こんな物読みやがって…。お前は……欲求不満なのか?信じられねえ」
「返してーーーやだーーー!」
「有害図書だ。…捨てる」
「きゃー!酷い!!私の教本なのに!!」
「ハァ!?教本って……」


私の言葉に呆れたようにしたキャプテンの隙をついて、私はほとんどキャプテンによじ登るようにしてその本を奪い取った。表紙はもう見てわかるくらいにくたびれていて、ページをめくりすぎたせいか本は最初の状態より少し厚みが増している。そんな所を見られることも恥ずかしい。そして……本の内容を知られるのはもっと恥ずかしい!


「……これは官能小説だろうが…」
「そそそ、そうだよ!」
「それがどうして……教本になる……」
「だだだだって……、その…まあ……要するに……えええ、えっちの勉強…で」
「!!!!」

消え入りそうになる声でそう言うと、目の前のキャプテンは驚くほど真っ赤に顔を染め上げた。
こんなに赤くなれるんだ…とそう思った。

「……ててて、テメェ…。あの…なぁ…」
「この人の文章…すごいのよ。こう……想像しやすいっていうか…うん。まあ……キスの仕方とかもだけど…他にもいろいろね…」
「……」
「そろそろマンネリかな…なんて思って……だからちょっと…変化つけたくて……。だってもう…ローの望む事に対して全部同じことしか返せないし…」


…もっと……上手に……なりたくて……


それにね…と誤魔化すようにいろいろと話せば話すほどキャプテンの顔は赤く染まっていく。
ぱくぱくと動く口は何も語らないけれど、その表情を見てキャプテンの言いたいことはなんとなーく私は理解できた。あの日の夜はだから…とか、あんな事をしたのはそれで…とかなんだと思う。


「えーと…。ごめんなさい…って言う所?」


何も言わなくなったキャプテンに恐る恐るそう言えば、キャプテンはギリ…と歯を噛みしめながら顔を奇妙に歪めてチ…と舌打ちした。
そしてまた何も言わなくなって暫くバタバタと傘に雨が当たる音だけが響いて、するとその音もぱたりと突然に止まった。

「あ、雨止んだ」

思わずそう言いながら空を見上げる。
重たい黒い雲は風に押されてどこか遠くへ追いやられ、そして次第に晴れ間が広がり光が甲板へと降り注いできた。
水たまりに反射した太陽がまぶしい。思わず目を細めてしまう。
するとキャプテンはハァ…と大きなため息を吐いて傘を下ろすと、次いで私をジロリと睨みながら本を奪い取った。
「あ!」
そして言った。

「…俺にも読ませろ」
「え?」
「…どのシーンを再現したか…確認してやる」
「ええ!」
「……そしてどのシーンをやって欲しいか……言ってやろう」
「えええ!」
「期待している」
「……えー」
「…楽しみだ」
「……ええー」


キャプテンはそしてニヤリと笑って傘を私に押し付けると踵を返して去って行った。速読が得意なキャプテンだから…きっとすぐに読み終えるだろうなあ…なんて、そんな事を思った。

押し付けられた傘を勢いよく開くと、ついていた水滴がぱっと気持ちよく跳ねていく。私はそれを一人で差しながらくるりと回した。

持って行かれてしまった本の中、相合傘のシーンを読んで昨日のことを思い出してくれる事は素敵かもしれない…と、そう思った。
主人公と彼氏はそれでお互いをもっと強く想い合うっていうシーンだったから…ね。
強く想い合って、そして、いつもより変化のある夜を迎えるのだ。
まさに私たちと…同じかもしれないね。


晴れた空の日差しはビニール傘に残った水滴に反射して、それはそれはきれいにきらきらと光った。



**


さかのぼって昨日…


「あああああー。ペンギンー。リオが島に男漁りに行っちまったよぉーーーー」
「何言ってんだよ、んなことあるわけねえじゃん。リオに限って」
「でもでもでも。三日前と二日前に男と会ってたって言ってたんだよぉ!知識が増えたとか言ってたんだよぉおお!」
「…ああ、そりゃ、心配しなくてもいいやつだ」
「でもでもでも!アイツおかしかったんだよぉお!キスが人によって違うのか…とか、キスや……その…アレに上手や下手があるか…聞いてくるんだ…」
「…」
「あとはあとは…、どこからが浮気になるか…とか聞いてくるんだよぉおお」
「…おお」
「妙な本を読みながらそう言って、俺を見つめてくるんだよぉおおお!俺はキスが上手そうだねとか言うんだよぉお!…俺が逃げたから…きっと矛先が外の世界に……」
「ああ、あの本か」
「…オイ。お前らそりゃ何の話をしている…。リオが…どうしたって?」
「ヒィィ!せせせ、船長!!」
「男漁り?…男と会っていた?……キスが違う?………上手…下手…?…………浮気……だと?……………妙な本…だと…?テメェのキスが上手そう…だァ??」
「あわわわわ!スイマセンスイマセン!!俺があの時受け止めて…ッじゃねぇ!!止めていれば!!」
「…アイツはどこへ行った……」
「メインストリートのでかいカフェに……って、あ!船長!!」
「素早い…。…本当に船長はリオを愛してるなぁ…」

ペンギンはフゥ…と息を吐きながら半泣きのシャチを見遣る。ク…と込み上げる笑いを抑え込みながら「あのな…」そう小声でシャチの側に顔を寄せた。「心配ねえって」そう、笑いをこらえながら言う。

「船長はな…リオをかなり…もう異常なくらいに大切にしてる」
「はぁ…」
「ずっと一途にあいつのことしか思ってねえんだそうだ。…すごくねぇか?何年もずっと一緒にいて、その間ずっとあいつだけを好きなんだぞ?他の女には一切手をださねえし、考えもできねぇんだと!もう勲章もんなんだ」
「はぁ…それは…すげぇ」
「大切すぎて、リオの嫌がりそうなことは要求できないって…。だから多分、ソッチのほうはずっと軽い感じでやっているんだ。未だに」
「はあ…」
「それを…リオは最近気づいてちょっと申し訳なく思ってきている…」
「え?」
「だから勉強したいって……それであの本を買うのに俺はこの間付き合わされた…。それを読んで……知識を増やしたいってな…」
「俺はてっきり実践を…!」
「ないないない!まるっきりその意志はねえよ!!カフェで会ってる男はただ単なる話し相手だろうな!ソッチもそうだが、他にもいろいろ船長のために勉強してぇって言ってたし。けどあいつ同性への話しかけ方わからなくてパニックになるような奴だ。男しかうまく話せなかったんだろ。…まぁこの環境じゃしょうがねえかな」
「ままま、まぎらわしい!」
「ま、何か危険があってもあいつの戦闘能力があれば普通の男なら簡単にのされるだろうし…。だから問題はねえんだよ。…あるとしたら…船長の異常なまでの彼女への溺愛ぶりってとこか」

ようするにさぁ…

ペンギンはくす…と笑った。

「あの二人は……相思相愛ってことなんだよ…。つけ入る隙なんか…全くねえの!」
「そそそ、そうかぁ…」
「そう!俺らはただのモブ」
「モブかぁ…寂しいなぁ…」
「そうなんだよ。…全くもって寂しいよなぁ…フフフ」


ようするに、互いしか見えていない二人。
ようするに、愛し合う二人。
ようするに、いつも相合傘の中にいる…


その他大勢にひやかされる二人。



おしまい



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