相合傘 | ナノ
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▽ 日の陰る空


彼が身体を動かすたびに、ベッドのスプリングがギシギシと規則正しいリズムで音を奏でる。
首の横に埋めていた顔を上げて私を見つめるのは、それはキスをしろという合図。なので私は腕を伸ばして彼の後頭部に添え、顔を引き寄せて唇を押し付けた。
荒くなった息と共にするキスは、唇を重ね合う度に激しい動きの所為で場所がずれたり、おかしな位置にぶつかったりするのではたから見たら滑稽でしかないかもしれない。
けれどそれがちょうど良い位置に長く重なった瞬間に、びくんと彼の身体が一際大きな身震いと共に硬直すれば、今度はその熱くしっとりした肢体が私の身体にぴったりと預けるようにして重なる。

その時虚脱した彼の頭をそっと撫でてあげると彼は喜ぶ。クチ…と水音と共に離れた唇。その時にいつも見せる彼の顔がすき。紅潮した頬と、男なのに妖艶と形容したくなるなまめかしい顔つきで私を見下ろすその顔。
けれどそれが見られるのは一瞬だということも知っている。
彼が目を閉じて次に開いたときには、いつものニヒルな笑みを浮かべたキャプテンに戻ってしまう。私がその後キャプテンをまっすぐに見つめて乞うような目をすればキャプテンはキスをしてくれるし、キャプテンがまた同じように乞うような目をすれば私はキスする。キャプテンのして欲しい事はもう手に取るようにわかってる。だからキャプテンの無言の仕草による要求を見た瞬間に、私はそれの意味について考える必要もなくすぐにそれを行動に移すことができる。


私の全部はキャプテンのためにある。
私の全部はキャプテンでできている。


…そう言っても過言ではない気がする。

まだ幼かった私をクルーにしてくれたキャプテン。
閉鎖された潜水艦で海をかける『海賊』として生活していた私の『初めて』はもちろんキャプテンで、同じ場所に長くとどまらないこの生活の中、私はキャプテンしか恋の相手を知らない。
クルーはその後どんどん増えていったけれど、キャプテン以外の男と一緒に暮らすことになっても彼らは所詮仲間、友達でしかなく、結局私はキャプテンしかやっぱり知らないのだ。


私は雲が時折太陽の光を遮って、明るくなったり暗くなったりする甲板に座っていた。そして持っていた本から顔をあげて近くで眠気覚ましの体操をしているシャチを見上げて「ねぇ」と注意を促した。
シャチはんー?とまだまだ眠そうな目をこすりながら私の側へとやってきて腰を下ろす。
私はシャチの顔に自分の顔を寄せると小声で聞いてみた。

「ねぇ…。やっぱり人が違うと、キスのやり方とかも…違うの?」
私の唐突な質問に、シャチはぎょっとした顔をした。
「は!?…リオ…お前朝っぱらから……何聞いてくるんだよ…」
「真面目に聞いてるんだよ!今読んでる本ね、恋愛小説なんだけど、それに出てくるキスシーンがすごいの…」
「ハァ…。そう…。うん……、まあ、ね。そりゃ人それぞれ顔が違うように…その…、そういうのも、相手によって変わるよ」
「やっぱりそうなんだ!シャチは島へ着くごとにいろんな女の子とイチャイチャしてるもんね!経験者の話は参考になるよ」
「おおお、おう。褒められてる気があんまりしねぇのは…否めないけどな…」
「じゃあさ…」

私は更に小声になってシャチに聞いた。

「キスって…上手い下手がある?」
「えええ…」
「本の中では主人公はキスで失神しそうになってた」
「そそそ、そうか…」
「…シャチは上手そうだね」
「えええ!!」
「数こなしてそうだし、…いろんな人としているなら…」
「えええええ!」
「私は…どうなんだろうなぁ…」
「ああああ、それはだなああ!!!どうだろうなぁあああ!?」
「じゃあ、えっちも同じで…あるよねきっと…上手い下手が…」
「ヒィイ!!」

私は本をぱたんと閉じながらため息を吐いた。
そして更に更に小声にしながら私は隣で慌てたようになっているシャチに「ねぇ…」と聞く。

「浮気ってどこから…だと思う?」
「ええええ!……そそそ、それはだな!!人それぞれといいますか……!ぁあああ!どうしたんだよ急に!!」
「教えてよ」
「人によって様々でして…」
「シャチはどこから浮気とみなす??」
「……俺は…俺は……キスしたらかな!?あのな!!これは人それぞれでボーダーラインがッッ…」
「そうかー。この本に出てくる人と違うね。この中だと主人公が友達の男の子と二人で会ってキスしちゃうんだけど、そしたらカレシは何故か怒らないの…」
「ささささっきから何なんだよその本…」
「だから…」
「あわわ!俺もう見張り交代の時間だわ!!悪い!リオ!」

…と、まだ質問をしたかったのに、シャチは慌てたようにして立ち上がると猛ダッシュでこの場から消えて行った。残念…。逃げられちゃった。


新しい島へ到着しそうだということは、その後すぐにベポから言われた。
私は自分の部屋に戻ると読んでいた本を棚にしまって、そしてチェストを開けるとツナギではなくワンピースを取り出してハンガーにかけ皺を伸ばした。これを買ったのはずいぶん前で、なかなか着る機会がなく引出しの奥底にしまっていたので皺だらけのその見た目は少し残念な感じ。あとは靴…っと。いつも履いているサンダルを脱いでこのワンピースと揃いで買ったバレエシューズを箱から出した。これは箱にしまっていたらかキレイなものだ。これらを着れば私は海賊には見えない…よね??私はふふっとそのアイテムを見て笑う。

そして部屋から出るとキャプテンの部屋へ赴き、すうすう眠る彼の側へ寄って「ねえねえ」とその身体をゆすった。
昨日の激しい情事の後だから、なかなか起きないかもしれないな…とそう思ったので強めに揺さぶる。

「ロー、起きて!もうすぐ島に着くよ!」
「……眠ぃ…寝させ…ろ…」
「なら寝ててもいいけど、島に着いたら私外に遊びに行ってもいい??」
「………ぁぁ……ぃぃ」
「わかった!なら出てくる!それでね!ちょっと私浮気まがいのことしてくるから!」
「………ぁぁ……スゥ…」


そう言う傍からキャプテンはまたぐぅ…と寝始めてしまう。
でもまあ、小声ながらもOKサインは出たようだから、出て行っても大丈夫そうだね。


私はそして再び部屋に戻ってツナギを脱ぎ、ワンピースと靴を履いて髪を整えると、普段ほとんど使うことのない化粧道具を取り出して久しぶりにお化粧をした。ピンクのリップをのせた唇がピカリと光る。ああ、何だか妙だわ!鏡の向こう側にいるのはどこからどうみても普通の女の子!


「リオ着いたよ!って、ワァ!!どうしたのその恰好!!」
「どう?ベポ、かわいい?」
「うん!とってもかわいいよ!!…って、珍しいね?ふつうの服を着て外に出るなんて」
「ローから許可はもらってるよ!じゃあ、私ちょっと遊びに行ってくるね!」
「う、うん。許可もらってるなら…いいんだよね。うん!いってらっしゃい!!」



私はそう言ったベポにひらひらと手を振ると、潜水艦の手すりに足をかけて目前の港へとひらりとジャンプして飛び降りた。
…とと。その際にスカートが思い切りまくれあがって、目の前にいた島民が唖然とした顔をしていた。おっとっと。思わずいつも通りの動きをしてしまったよ。私は口をあんぐりあけたままの島民にうふふと笑いかけて、そして気を取り直してメインストリートへと向かって歩いた。


さあ!出会うぞ!!


そう言い聞かせながら。



メインストリートを歩いて、一番人の出入りの多そうなカフェに入って目立つ席へと一人座った。ここでなら中にいる人も、外から入ってくる人もよく見えるはずだ。
カバンから小さな手鏡を取り出して顔と髪型を確認する。うん。変じゃない。私はにっこりと鏡に笑顔を浮かべてみせて、その笑顔に少しの海賊らしさがないことも確認すると、その鏡をしまった。

「ご注文はお決まりですか?」
「あああ…ハイ!…あの…こここ…コレを…」

明るい笑顔のきれいな女性店員が近づいてきて、私は俯きながらメニューのイラストを指さした。
頼んだものはキャラメルラテ。こんもりともられた生クリームにぱらりとココアの粉末がかかっているやつだ。普段の生活と正反対にかわいくて、注文するのが少し恥ずかしいし、飲むのがもったいないくらい!
私はそれを頬杖をつきながらストローでかきまわして飲む。すると気づけばいつの間にか目の前に誰かがにっこりと笑って立っていた。

「きみ、ひとり?」
「うん」
「ここ、いい?」
「いいよ」
「よかった」

するとその人はまたまたにっこりと笑うと私の目の前に座る。
さらりとした長い髪の、わりといい顔立ちをしたその人。まあ、キャプテンに比べたら劣るけど、キャプテン以上なんてほぼ…というか絶対会える確率ないだろう。
私は素早くその人の全体像を観察した。うん。きちんとしてそうだから、意図せずして現れた人だけれど、この人でも…まあいっか。探す手間が省けたからよしとしよう。

だから私はその人ににっこりと極上の笑みを返した。




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