オッサン部屋 | ナノ
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▼ 若と姫様K

今日も若様はかっこよく…ではなく!!…かわいい顔をしてうたた寝をしていた。
お昼ごはんを皆でたらふく食べた後の午後。ぽかぽか陽の差す縁側で二つ折りにした座布団をまくらに寝転んだ若様は、読みかけの本を顔に乗せたままの恰好で静かに胸を上下させていた。きっと寝てる…。そう思った私はそっと近づいて顔の上にある本をとった。サングラスは外していて座布団の側におかれていた。本を取ってみるとそこから現れたのはまるで眠ってるときのデリンジャーみたいな天使の寝顔!わああ!超レア!私はじーっとその顔を見つめて寝顔を堪能する。軽い感じで閉じられた瞳と半開きの口。そんなまるで無防備な若様も素敵★私は暫くその寝顔を眺めたのち、満足したので静かにその場を離れようとした。

「グ…ハァハァ…。ク…ソ……」

…が、すやすや眠っていたはずの若様が突然に苦しむような声を上げ始めたので私は慌てて彼に近づく。若様は先ほどまでの天使の寝顔から一変して苦痛に歪んだ顔をしていた。…どうしたの!?悪夢でも見ているんだろうか!??私は慌てて若様をゆすり起こした。若様はそれにパッと目を開け暫く夢か現実かで意識を彷徨わせた後、ゆっくりと身体を起こして深呼吸を続けた。私はその背中を撫でさすってあげた。

「若様!!だいじょうぶ!!?」
「…ッハ!!…はぁはぁ…。ゆ…夢か……」
「はい、お水!」
「グビグビ…。…はあはあ…。クソ……久々に…見た…」

私が素早く側に合った水を渡すと若様はそれを一気に飲み干した。そして青い顔をして荒くなった息を引き続きゼェハァと整えている。ギリ…と歯を噛みしめ、手が多少震えていた。私は不安になる。…こんな若様見たことがなかったんだもん。

「どうしたの?…嫌な夢を見たの?」
「…ああ…。クソ……。子供の頃あった…出来事だ…。今でも忘れられねえ…。時々夢に出てくる…」
「どんな夢?話してみれば…楽になるかもよ??」

私はそっと若様の震える手に私の手を添えた。
若様の大きな手が相手だと、私のじゃ小さすぎてとてもじゃないけど包み込んだりなんかできない。けど…何も無いよりはマシだよね?
若様は一瞬その手を振り払おうとして、でもそれを止めた。少し驚いた。「触るんじゃねぇ!」…なんて言いながら鬱陶しがられると思っていた。

「話したって…楽にならねえよ…。あの出来事を……なかったことにはできねぇ…」

そう言いながら、私が触れていないほうの手でサングラスをとって不安の色を浮かべた瞳を隠すように慌ててそれをつけていた。…一体過去に何があったの??

「でも…。自分の心だけにしまっておくよりは、誰かと共有したほうが怖さも半分になるかもだよ!!わたし時々ジョーラに怖い夢の話をするんだ。そしたらジョーラはそれを絵に描いてくれるの。そしたら何だかそれを見て笑えたりするから不思議だよ」

そう。この間私は夢の中で大人になったローから何故か心臓を引っこ抜かれて殺すぞ!って脅されて、深夜に泣きながら目を覚ました。すごく怖くてどうにかしたくてジョーラにその話をしてみたら、彼女は早速その状況をピカソタッチの絵で描いてくれて、その中のローがムンクみたいで私は思わず笑い転げた。
だから若様にも可能であるならばその夢の内容を教えてもらいたかった。嫁として夫が夢にうなされる姿は見ていて気持ちのいいものではない。安眠を与えるのも嫁の仕事!!私はだからそう言って若様をじ…と見つめてみる。
若様は、そう言って横に座る私に自身の視線を向けなかった。黙ったまま、どこか遠くを見つめるようにして動かない。暫くそれが続いて、チ…という小さな舌打ちが聞こえるも、私は若様からは離れずにそのまま彼の手に自分の手を添え続けた。

「……昔…。あれは…俺が十歳の時だ…」

そして唐突に若様はそう言い始めた。
途端にどきんと心臓が跳ねた。若様はどこかの一点を見続けたまま、苦しそうな顔をして続けて言った。

「俺とロシィと…両親とで、ここじゃねぇ『団地マリージョア』って場所に住んでいたころだ…。親父が…あのクソ親父が……、やりやがったんだよ…」
「何を?」
「…団地の一斉清掃の日を…アイツは一週間勘違いしてカレンダーに記載してやがったんだ…。そんでもって親父は清掃の日の前後に休みを取って母親とどっか旅行に行ってやがったのさ…。残された俺とロシィは、その団地に住まう人間の重要な行事に参加してねぇ奴のガキ共…ってことでその日一日団地中の人間から白い目で見られることになっちまったんだよ……」
「はぁ……清掃…」

まさかな話の内容に、私は思わず気の抜けた返事をしてしまった。
若様はそんな私にギロリと禍々しいオーラをいっぱいにした目で睨みつけてきた。

「お前にはわかりもしないだろう。…必ず参加しなきゃいけねぇモンに参加しなかった人間を…あいつらがどう扱ったかなんて、な。あいつらは俺らをまるで非常識人間とでも言いたげな目で見たんだ。…俺とロシィは近所中を謝って回る羽目になったんだよ…。あの時のご近所さんの顔……忘れようにも忘れられねえ…。そして…のほほんと帰ってきた親父の首根っこひっつかんで俺はすぐにその日の責任者の家に引っ張って行って謝らせたさ…。…まぁどうあがいても許されなかったんだがな…。…親父の記憶力に頼らねえと決めた瞬間だったよ…」
「はあ…」
「……馬鹿にしてんのか?」
「イエ!若様!!ソンナコトナイヨ!」
「……嘘つけ…」


まるで棒読みのような私の返事に若様はじとりと恨めしげな顔を向けるも、暫くした後にフ…と小さく苦笑した。「…クッ…」。そんな笑い声すら漏れ聞こえた。


「…確かにお前の言うとおりだったな…。…話したら少し…楽になったよ」
「本当??」
「……まあ…そうだな。……冷静に考えてみりゃ……他人には滑稽でしかねぇ話…だわな……」

フッフッフ…
若様はそして険しい顔からいつもの顔に戻って笑い声を上げた。途端に私はほっとして自分も思わず笑顔になった。やっぱり若様はこんな風に相手を小馬鹿にしたような笑顔を浮かべてくれていないとね!!落ち着かなくなるよ!

私はそして「あ!」とあることを思い出して若様の側にぐいっと顔を寄せた。急に近づいた私に若様は驚いた顔をする。「おいミナ…何だよ?」。そう言った若様の顔にもっともっと近づいて、私は前髪を手で上げて出てきた自分のおでこを若様のそれに目を閉じながらコツンとくっ付けた。「!」。若様の驚いたように息を飲む音がした。


「悪夢はこっちにおいでおいで〜。私の方へ出ておいで〜」
「…」


それは怖い夢が消えていくおまじない。そう呪文を唱えれば相手の悪夢が唱えた側に移っていくんだって!!若様には悪夢でも、私は花嫁修業で掃除の仕方をきちんと習っているから夢の中で団地の人間にどれだけ罵られたとしても、そいつらを黙らせるくらい全部の箇所を完璧に掃除し直せるくらいのスキルがあるからね!だから大丈夫!!


「はい!若様!!これでもうだいじょうぶだよ!!夫の悪夢は嫁が引き受けたからね!!」
「……お前は…。……まったくもって発想がただのガキだな…」
「わたし掃除好きだからまったく悪夢にならないよ!」
「…ハァ…。そうか…」
「あ…!今日は夫じゃない嫁じゃないって否定しないんだね!」
「……ッハ!そうだそうだ!!お前は俺の嫁じゃねぇよ!!!あっち行け!!うっとうしい!!」


私の言葉にハッとなった若様は慌てたようにそう言うと、素早く私の首根っこを掴んで縁側から思い切り庭園へと私の事を放り投げた。


ぽーーーーーーーーん!!


相変わらずの素晴らしい腕力です若様!けど私の地獄耳はしっかりと聞いたよ!
投げ飛ばす直前に小さく「ありがとな」と囁いたのを…。うふ!私っていい女だよね?



…あの夜。怖い夢を見て目覚め、バックンバックン打つ心臓を抱えながらキッチンで心を落ち着かせるために水を飲んでいると、ローが現れてそのおまじないを教えてくれたんだ。
『怖ぇ夢見たなら額くっつけりゃ相手に移動する』
『あんたそんな非科学的なこと信じる人間じゃなくなかったっけ?』
『…すがりたくなる事もある。…やってやろうか?』
そう言って近づいてきたローを私は思いきり睨みつけてやった。
『ええい!寄ってこないでよ!悪夢の元凶はあんたなんだから!!』
『え?!そ、そんなの知らねえよ!勝手におれを夢に出すな!』
『あんたが勝手に出てきたんでしょ!!??ふざけないでよね!』
『ハァア!?知るかよ!!』

私はそう言ってローにコップを押し付けてその場を後にし、でもいつか使えるかも…と頭の中にそれを記憶させた。



投げ飛ばされた先で、若様とくっつけたおでこにそっと触れてみる。
なんだかほんわか、その場所は暖かかった。



もっともっと、夫の不安を簡単に取り除ける女になるからね!
だから待ってて若様!



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