オッサン部屋 | ナノ
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▼ 氷と海賊女王B

うるさいくらいの元帥の熱弁が何分も続く。
あーだこーだあーだこーだ
俺はそれを半分聞き流しながら会議室のテーブルの隅の模様をじっとひたすらに眺めていた。…あ、もう終わった?声がしなくなったのでそう思いながら視線を彼へと向けてみれば「聞いとらんかったろうが…」…と拗ねたようなじと目で俺は睨まれた。あ。怒って仏モードになるのは勘弁してくださいよ。あれはさすがの俺でも回避不可能。

「…まあ、要するにその女の子を海軍にスカウトしたいっていう話でしょ?」
「そうじゃそうじゃ。何だ聞いとるんじゃないか」

俺の言葉に元帥は満足そうな笑顔を向けた。
その手には何やら紙の束があり、それはマリンフォード付属中学に通う女の子が夏休みか何かの宿題で作ったという割と斬新な海戦術を記したレポート。
今までの常識を覆すかのような発想で、海上封鎖や沿岸防衛、尚且つ船団護衛までを考慮したそれは中々に秀逸だったらしく、何とこの度学校からここへ届けられ、あれよあれよと最終的には元帥にまで送られて、それを見た彼はこれは逸材!…とその作成者に興味津々である状態なのだ。…で、その子の海軍への早急な勧誘行為をするにあたり、その実行者として俺に白羽の矢がたった。何故ってそれは…
「この子はお前の知り合いだろう?お前以上の適任はおらんじゃないか」
「ハァ…。確かにこの子は見知った子ですがねぇ…」
レポート用紙に記された名前。Oh…海賊女王。君はやっぱり素質のある子だったんだねぇ…。

「何年か前に海軍本部の秘密の避難経路から大将と小学生が揃ってエスケープするという騒動を巻き起こした件はさすがに忘れられんからのォ」
元帥はおかしそうに笑いながらそう言った。ハイハイ。確かにあれは割と騒ぎになりましたね。だって部外者にはわからないはずの秘密の避難経路だったのだものね。
「その時の子なんだから、やっぱりお前が行くべきじゃ」
そうぴしゃりと元帥は言い放ち、それ以上はもう聞く耳持たない雰囲気だったので俺は思わず出そうになった文句をどうにか飲み込んで仕方なく仕事の合間に付属中学へと向かった。…ハァ。全くどういう因果なんだろうね。


「久しぶり、海賊女王」


そう声をかけた彼女はあの時よりまた一段と背を高くしており、当時の無邪気ばかりだった大きな瞳は今や少々生意気な光を宿した物へと変わっていた。クス…と何かを含んだように笑う顔にも幼さなど少しも残っていなくて。けれどまあ、俺からしたらまだまだ子供には違いないけどね。手にはチョコレート菓子なんか持ってるし。

「ハロー。氷の海賊団船長」
「俺は大将だってば」
「あたしにとってはあなたはずっと海賊の船長だよ?」
くすくす
彼女はおかしそうに笑いながらチョコレート菓子の先端をぽきっと噛み砕いた。その口から、溶けたカカオの甘い匂いがふわりと漂う。それを思わず見つめてしまっていると、彼女は笑いながら俺にその菓子を差し出した。別に欲しいわけじゃなかったんだけど思わず受け取る。「新作だよ」…だなんて、人によってはそれは多分魅惑の言葉。けど俺にはいまいちそれの良さは伝わらない。

「で?あたしを海兵にって誘いに来たんでしょ?」
「まーね」
促されて齧ってみたチョコレートは限りなく甘い。けれど、隠されたクランチが多少香ばしくて意外にもおいしい。
「でも入る気ないでしょ?」
「そ!正解!だってあたしは海賊になるんだから」

俺の言葉に彼女はくすくす笑ってそう言った。「海軍は私にとっては永遠の敵だもの」「…」。…やっぱりそうなのね。ま、ずっと海賊になるって言っていたものね。

「じゃあ何であんな戦術レポートなんて書いたの?あれ、モロに海軍意識してるやつじゃない。規模が大きいから人数が必要でしょ?」
「あら?あたしが将来なるのは大船団の船長なんだからそのくらいできるわよ」
「あらま」

俺の言葉にけれど女王はさらりとそう言ってのけた。くすくす笑う顔はそのままに。けれど瞳は真剣に。ああ本当に君はなってしまう気なんだねぇ。しかも小さな海賊で済ます気はなく、夢は大きく大船団ですか。


「いつかは白ひげくらいの船員数は持つつもりよ」


チョコレートを持った少女の言葉とは思えない、揺るぎのないその大志。なるほどね…と呟いた俺に彼女は笑い、そして座っていた学校の屋上のフェンスからふわりと華麗に飛び降りた。


「じゃ、そう上の人に言っといて」
「わかったよ海賊女王」
「またね。氷の海賊団船長。あ、もしあたしの仲間になりたかったら拒みはしないわよ?ふふふ」


くすりと、子供のくせにまるで大人びて妖艶に笑う彼女は、そう言うと俺に背を向けて手をひらりと振りながら去って行った。俺の手にはそしてかじりかけのチョコレート菓子だけが残った。


「あ!」


けれど、急に海賊女王はそう声を上げて振り返った。そして俺ににこりと笑顔を浮かべつつ颯爽と走り寄り、俺がやれやれと座ったベンチの傍までやってくるとその唇を耳に寄せてくるなりそっと言った。


「仲間になるその時はちゃんと海軍辞めてきてよね?よろしくっ!」


囁くような、けれど力強いその言葉に、俺はハハハと苦笑しながら、けれど少しだけ、それもいいかもなぁ…と思ってしまったから不思議だった。



それはきっと、彼女が始終まき散らす、目には見えない、けれどどうしてだか人を引き付けるそのオーラの所為だろう。
それは彼女が努力により身に着けたものでは決してなく、明らかに天が授けたある種の才能。
彼女の側に静かに佇んでいた幾人かの人間は、そんな俺に苦笑いを浮かべつつ去りゆく彼女に付き従って歩いて行く。
今は少人数でしかないそれも、きっといずれ彼女の不思議な魅力に多くの他者が今後も引き寄せられ続けてどんどんとこれからも増えていくのだろう。
そして彼女はそんな人間と共に船を操り海を翔けてゆくのだろう。
決して遠くないであろう未来にて。


そんな彼女の姿がどうしてだか俺の頭の中に割と鮮明に思い浮かび上がってしまい、それを阻止しようとする意志が働くどころか、どこかそんな未来を実際に見てみたいかな…と思ってしまっているのだから、俺はやっぱりこの仕事には向いていないんだろうか…とそう感じた。
なので小さく苦笑しながら残りの菓子を口に含んだ。甘くて、けれど決して嫌いにはなれないそんな菓子。
俺はだから本当に諦めて、去って行く彼女に声をかけた。
「お菓子をごちそうさま。海賊女王」
彼女はもう一度振り返ってふふっと笑った。そして投げられたそれ≠キャッチした俺もまた、クス…と笑い返してやった。


「高いよそのお菓子、新作なんだからね。でもご足労が無駄になったお詫びにもう一個あげる」
「あらら、いいのに。でもアリガト。じゃあ、いずれお返しをするよ」
「ふふふ。よろしくね。絶対だよ。約束!」
「わかったよ。約束だ」



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