オッサン部屋 | ナノ
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▼ 氷と海賊女王A

うるさいくらいのざわめきが廊下のほうから大きく響く。
きゃーきゃーわーわー
俺は自室でその音を耳にするや否や、紙片へと落としていた視線をドアの方へ向けて小さなため息を一つついた。ああ、本当に来ちゃったんだねえ…。

「…で、ここは大将の部屋になります。入ります!」
コンコンというノックのあと、若い海兵が扉を開けた。途端になだれ込んで来たのは数十人の人間。椅子に座ってはいてもその小さな、小さすぎる背丈をした人間たちは、それゆえに俺から見渡せば頭部ばかりがまるで波のように押し寄せてくるように見えてしまう。ハァ。急にこの部屋が活気と熱気で満ち溢れたかのようになってしまったよ。氷の能力の俺には何となく拷問になっちゃわない?

「わー!すげえ!意外に狭えー!」
「何あれー!ダラけきった…せい…ぎ?あははっ。ありえなーい!」
「えー!大将なのにだらけてるの?いーのか?それ!」
「キャハハー」
(大将…!モットーは今日は別の物に変えておいてほしいとあれほど言っておいたのに…コソコソ)
困ったような顔でそう告げる若い海兵の言葉に、そう言えばもっともらしいものに変えておけと言われていたことをふと思い出した。…忘れてたよ。でもまあ、これが現実ってことを子供たちに教えることも大切なんじゃないかなぁ。けれど子供たちがそれについて注目していたのはほんのちょっとの間で、今となっては俺の部屋に各自好き勝手散らばって、あれやこれや色々と手にとっては相変わらず始終うるさく騒ぎまくってるんだから結局どうでもよかったみたい。おっと。その棚の奥はちょっとヤバいよ触れないで触れないで。ゴールデン電伝虫置いてるんだから。



海軍をもっと身近に云々…に関する行事は減ることなく、好評なのかむしろ増える一方であるのが現実だった。
今日はマリンフォードの付属小学校に通う子供たちが社会科の授業の一環で、この海軍本部の中を見学するというツアーのようなものが組まれている日。それに関して通達された際、何故だか『大将の部屋を覗いてみよう!』という項目があることに、そしてその対象の部屋が何でだか俺の部屋になっていることに、俺は渡された当日の予定表を見ることで気が付いて驚いた。え?赤犬や黄猿の部屋はどうなのよ?俺だけ?それって不公平なんじゃ…。
そう問いただした俺に対して、元帥はあははと軽く笑って『おぬし、前幼稚園に行ったことがあるだろう?そのよしみで、見学させてやりなさい』とすげなく言い放った。『その時の子供がおるんじゃないのか?』。付け加えるようにそうも言う。そうしたらもうこちらの反論も聞かずにハイ終わり。俺のちょっとした抵抗はだからあっさりと初めから無かったみたいにされてしまった。えー。
そしてそう言われて、確かに幼稚園で劇をやったなぁ…という事を何となく思い出し、不覚にもそれを少しだけ懐かしく感じた。で、本日その日を迎えているのだけれど、確かに何人かは薄い記憶の中でも思い出す事のできる子供がいた事に苦笑した。ああ、そうだ。あの子は確か…

「海賊女王?」
「あ!船長クザン!!」

紅潮した頬は昔のまま。少しだけ背を高くしたその少女は俺がそう声をかけると一瞬嬉しげな顔をする。けれどすぐにその顔を小さく歪めて側に小走りで寄ってくるから俺は首をかしげた。すると「…捕まったの?」…と耳に口を寄せて少女は何とそう囁く。

「…どういうコト?」
「だってあなた海賊じゃない」
「あー。まだ俺その設定のままなんだ」

そんな彼女に俺は笑いそうになって、けれどあまりに真剣な瞳でそう言ってこられたので思わず上げかけた口角を無理やり下げて真面目な顔をし、一言小さく言ってあげた。「そうなんだ」…なんてね。
すると海賊女王はあからさまに不憫そうな表情を浮かべ、そしてきょろきょろとあたりを見回した。その大きな瞳はここへと彼女らを連れてきた若い海兵へも向けられ、彼が他の子供たちに取り囲まれてゲシゲシと容赦ない攻撃を受け、こちらを気に留めていない事を確認すると、そっと制服のポケットからメモ帳を取り出した。そしてそれを俺へこっそりと見せながら彼女は言った。

「これね。この本部の中の地図」
「え?」
「逃げ道があったから、逃げよ?」
「あらら」

それに目を遣ってみると、子供のつたない筆跡ではあったがこの本部内の部屋や出入口、階段の場所といった詳細が鉛筆で割と事細かに書き記されていた。海軍本部の一部の内部構造に関してはちょっとした機密事項になっていることは確か。まさか社会科見学でやってきた小学生に盗測されるなんて誰も思ってもみないだろうね。俺はクス…と思わず笑ってしまう。

するとその手帳を暫く眺めていた彼女が、それをポケットにしまった途端にその小さな手を素早く俺の手へと伸ばして握った。「行こう!」。囁くようだが鋭くそう告げると、力強く俺を引っ張る。まったくもって予想外の展開。けれど俺は思わず椅子から腰を上げて引かれるままになっていた。そのくらい真摯で真剣な声だった。

「大将殿!!??」
「えー!お前どこ行くんだよー!」
「しょくむほうきするのかー?」

背後で海兵の驚いたような声と、子供たちの不満そうな声がこだまする。「お待ちください!!この後は質問タイムですよ!!」。それでも少女の引くその手は離れない。そして俺もどうしてだかその手を振りほどくことができないのだから摩訶不思議。


「こっちこっちー!!」


明るく告げる彼女の行く先。うそうそ?ホントに?そっちは確かに緊急避難経路がある場所なんだよ。…本当にこの子ときたら。もしかしたら素質があるのかもしれないね。



「逃げきったらあなたの船に乗せてね!いずれ私が乗る海賊船の参考にするから」


手を取ったまま走る彼女は振り返って笑顔で言った。全く持って朗らかで明るい笑顔。あららら。本当に君は俺が海賊だって未だに本気で思っているのかい??否定すべきかなぁなんてそう思った。けどどうせあの部屋に戻っても俺には向いてないことばかりやらされるんだから、こういう展開も悪くないかな…ってね。ま、元帥の人選ミスのせいってことにしておきましょ。


自転車でよければ…
そう言ってみると彼女はかなり不服そうにした。確かに海賊の乗り物が自転車じゃ、ちょっとおかしかったかい?


「わりと快適よ?」
「えー。かっこ悪いよ氷の海賊団ー」
「じゃあちょっと変えてみましょうか…」
「何に?」
「…ペンギンとか」
「えー。せめてキャラベル船くらいにしてよね!参考にできないじゃん」
「あはは。わかった。本当に逃げ切れたら氷で作ってあげるよ」
「やったあ」



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