薄暑のふたり
夏休み。伊之助君と同じ所でアルバイトする事になった。それは遊園地の期間限定アトラクション。今、私たちは控え室で専用の衣装に着替えている。「こんなので、大丈夫だと思う?」
私は苦笑まじりに衣装を手にした。
そのウサギの被り物には血糊がべったりと塗りたくられてはいるが、しかし、ウサギである。「怖がらせられるかなぁ」。つぶらな瞳が何となく、かわいいのだ。
「できるできないじゃねえ!怖がらすんだよ!お化け屋敷なんだから!!」
伊之助の顔は真剣だ。
初めてのアルバイト。彼はかなり気合いを入れているようで、渡された衣装の被り物をボスっと被ると「ぬぉオオ゛〜」、うめき声っぽいものを出してくる。私はそれにブハッ、思わず吹き出した。
「でも何で猪?ペットセメタリーって設定なのに」
「…セメタリーって何だ?」
「共同墓地。だから、ペットの墓地って意味なんだけど」
…何で猪??
「飼ってる人、見たことないよ。あ、あはは」
私は堪えきれずまた笑ってしまう。
血塗られた猪の被り物を被った伊之助は笑われたことに少し苛立つも「お前真面目にやれよ!」、至極もっともな事を言ってウサギ頭を私に押し付けた。
「が、頑張る」
私はかわいい目をした血塗られウサギの被り物を被り、「ぬぉオー」、猪の伊之助に襲いかかる真似をしてみた。「ッう!ブハッ!」。伊之助は吹いた。
「ヤベェ、笑える!さくら、お前変だ!」
「んなぁにぃ〜!まじめにぃ〜怖がれェ〜」
「いや、無理だろ?!お前なんかかわいいもん」
「食べてやるぞォー」
「ちょ!やめっ!くすぐるなッ!」
私たちは2人して笑いながら血まみれ衣装のまましばらくじゃれあった。
「もう触るなッ!これ以上暑くさせんなよ!」
「こちょこちょ、うふふ!」
「だからやめろって!」
夏休みの始まり。
バイトの度にこうやって2人で笑いあえるだなんて、楽しすぎる。
「やめねぇと俺がお前を食うぞ?!」
私の手を払う伊之助の手は真夏の太陽みたいに火照っていた。