柳に鬼の手 | ナノ
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借りる女

明け方の浅い眠りの中で聞く物音が子供の頃この上なく心地良かった。
それは例えば母が台所で朝餉を拵える際にたてる音。
俺たちを起こさぬように気遣った、その小さな小さな物音たちは、どういうわけかどれもが耳に和やかに滑り込むのだ。
思わず布団の中でフ…と微笑んで、ついでに出来上がっていく食事の柔らかい匂いまでもが鼻腔をくすぐれば、その時俺はなんとも言えぬ幸福感で満たされた。

そんな、ありふれたようなそうでないような、思い出すたびに少しくすぐったくなる遠い過去の記憶は、とある瞬間唐突に呼び覚まされて俺の心を騒つかせる事がある。




会うたびにドングリを自慢げに見せつけ、尚且つこちらへと押し付けてくる猪頭の男の子がいる。
迷惑ではないが、貯まっていくばかりのそれらには残念ながら使い道が何らない。
だから私はある日言った。
「私は栗のほうが好きだ」
…とね。なんてったって栗ならば食べられる。
すると猪頭の男の子、改め、伊之助君は「そうか!わかった!」と頷けばすぐさま山奥へと駆けて行き、暫くすると両手一杯のイガ栗を抱えて帰ってきたのであった。「お前にやる!」。全く、素直すぎる子だ。

「自分は山の王だ」、と日々豪語してくるだけあってその量は中々だった。
そんな彼の指先はイガの棘で負傷したらしく血で汚れていた。「ならお礼に栗ご飯を炊いてあげよう」。なので、それらを受け取りながら伊之助君に詫びのつもりでそう提案すると、彼は頬をホワッと赤らめて嬉しそうな顔をした。

とは言ったものの、炊事はあまり得意ではない私。
え?炭治郎君ってお米炊くのが上手いの??なら連れてきなさい。
あ、黄色い髪の子も来たの?どうぞ上がって?怯えてないでおいでおいで。
大丈夫!ここはアイツの家だけど、台所を勝手に借りても大して怒りゃしないわよ。




ふわり、ふわり、と飯の炊ける匂いがした。

その香りにハッと目を開ければ、包丁がまな板を叩く小さな音もするのでほんの一瞬、今と昔の記憶が頭の中で溢れて混乱した。

寝室の障子を開け、飛び込んできた真昼の太陽に目を細め、もつれそうになる足元に舌打ちしながら台所へ駆け寄る。
そこにいたのは案の定、さくらだ。
湯気のあがる鍋の側で穏やかな横顔をして立っている。

「…」

が、そこには他にも人がいた。
そわそわした猪野郎と炉の火の具合を見ている竈門とイカれた髪色をした雀を連れたガキである。
…一体、何だこの状況は。

「あ、起きた不死川?お昼ご飯食べる?」

俺に気づいたさくらは、いっそ清々しいほど朗らかな顔をして振り向いた。
それに腹を立てるよりも、視界から得た情報が余りにも多すぎて俺は頭痛と共に酷い目眩を感じた。


「……どういう事か説明しろォオ」
「うん、あのね、栗をたくさん貰ってさ。それで…」
(ヒィィッ!!おっさんの、おっさんの顔がァアアア!!だから俺はここでご飯を作るの嫌だったんだよォオオオ!)