盛夏のふたり
働いているのだから別に…と思ったが、バイトリーダーさんがお化け屋敷の入場券を配ってくれたので伊之助と行くことにした。正直、ウサギや猪やその他の動物お化けがどこにいるのか、どう脅かしてくるのかなんて私達はきっちり把握しているのだから入っても面白みはなさそうだった。
「っっああああ!」
「…」
…と。そういうわけでもなさそう。
先程から伊之助は新鮮なまでの怖がりっぷりで、私はそんな伊之助の反応に驚いている。
それは被り物をしたバイト仲間さんがこっそり吹き出すくらいだ。
「おいおいっ!何だよ!こっちの立場だとマジで…いや!怖くなんかねぇ!!」
怯えた顔を隠そうと躍起になっている伊之助の手はいつのまにか私の腕を掴んでいた。
薄暗いアトラクションの中、お化けを警戒してあっちへこっちへ視線を走らせる伊之助に私もこっそり吹き出してしまった。
「ぅああああっ!さくらが来たッ!!」
そして血塗られウサギが現れると、伊之助はそれを指差しながら私の名を叫ぶように呼んだ。私はここにいますよ。ック。おかし過ぎて最早お腹が痛かった。
「ヒャアアッッ!俺だっ!」
そしてそして、案の定、猪男に遭遇した伊之助はそう叫んだ。
アトラクションの終盤。
最初からびくびくしっぱなしの伊之助は、猪の被り物を目の当たりにすると、恐怖心がピークに達したらしい。
「…っ」
「あああっ」
ついに私に抱きついてきた。
きれいな顔立ちから想像もつかないがっしりとした身体と、しっとり汗で湿った伊之助の頬がぴたり、くっついた。
「…」
…デオドラントスプレー。もっと使っておけば良かったな…なんて。
「…ッあー!!は、はははっ!ぜんっぜん、怖くなかったぜ!なあ??さくら!」
たどり着いた出口。
強がってそう言う伊之助のことよりも、私はそのことばかりが気になった。