秋暑のふたり
夏休み終わり間近。私と伊之助は労働の対価であるアルバイト代の入った財布を持って駅にいた。
「よっし、行くぜ!」
「行こう!」
そしてふたりで向かった先は、老舗ホテルレストランのバイキング会場。私たちは入り口にいるお姉さんに「高校生ふたり!!」。二本指を立てて見せると、それぞれ料金を支払って中へと入った。
いつものランチ代の四倍以上はする価格。でも今日ばかりは大丈夫!そもそもここへ行くために頑張ってアルバイトしたと言ってもいいのだ。私たちは席に着くと瞬く間に戦闘態勢へと入った。
「見て!ケーキコーナーが畳一畳分くらいある!」
「ワケのわかんねぇ名前の食いもんばかりだな!とにかく食うぞ!」
このホテルの料理は美味しい事で有名で、会場は人でいっぱいだった。私と伊之助は大きなお皿を持つと、大人たちの間をすり抜けながら料理を盛り付けていった。
「さくら!天ぷらだ!」
様々な料理がある中で、伊之助は好物の天ぷらコーナーを見つけると目を輝かせた。
作務衣を着た人が目の前で揚げてくれるらしく、伊之助は海老やインゲンやレンコンなどを指差してほわほわした顔をしていた。しかもそれぞれを五個ずつだ。多くない??私は呆れたが、紙を敷いた皿にうず高く盛られたその大量の天ぷらを、彼はコーラと共に事も無げに豪快に食べていった。さすが男の子だなあ。私はそう思いながら十個目のケーキを食べ終えた。「さくら!ケーキばっかりよく食えるな!」。あ、どうやらお互い様らしい。
「なあ、残りの金は何に使うんだ?」
ひとしきり食べた後、何杯目かわからないコーラの氷をガリガリ噛み砕く伊之助にそう聞かれた。
そう。このレストランに行くためだけが私のアルバイトの理由ではもちろんなくて。
「狙ってるワンピースあるんだぁ。すっごく可愛いくてね」
有名ブランドのそのワンピースは、初夏のとある日の一目惚れだった。でも値段は全く可愛くなくて、だから私は暑くて大変でも血塗られウサギになることを選んだのだ。「ふーん」。伊之助はストローを口で弄びながらぱちぱち、二、三度目を瞬くとにかっと笑った。
「よし。じゃ、このあと行こうぜ」
「え?どこに?」
「そのワンピースを買いに、だよ」
「へ?」
「だって欲しかったんだろ?」
「そうだけど」
まさかの提案。面食らう私に、「無くなっちまうかもしれねぇぞ!」、伊之助はそう言って私の手を引っ張った。
それはバイキングの料理が無くなっちまうぞ!と言うのと似た口調だった。
「伊之助、困った。食べ過ぎてお腹のところがキツイ」
その後、ショップでお目当てのワンピースは無事にゲットできた。
でも、着てみせろと伊之助がしきりに言うので着てみたら、そんな悲劇が起こった。
ヤバイ。ケーキ二十個はさすがにまずかったか。
「出せば引っ込むだろ。大丈夫ださくら!」
身も蓋もなくそう言った伊之助のお腹は、あんなに食べたあとなのにぺたんこである。
…羨ましや。
私がジト目で伊之助を見つめると、彼はへへっと笑った。
「スゲェ似合ってるぞ」
そして照れくさそうにそう言う。
「…」
私はまたドキドキしてしまって、伊之助からそっと目を逸らした。