超短編!(令和〜) | ナノ
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ひとつ屋根の下

私の彼氏は最近、自分の前世を急に思い出したそうだ。
それを打ち明けられた時、私は大爆笑の後に彼の頭を真剣に心配した。
彼の家は貧乏とは言わないまでも裕福ではなくて、だから兄弟たちはみんなアルバイトに励み家事も助けあっていた。その疲れが出たのだろう、とそう思った。突然に『自分は前世では有名な軍事国家の王子だったから何不自由なく…』…とかなんとか言い始めるのだもの。私はその日は憐みの目で彼を見つめ、自分のお弁当のおかずをわけてあげたのだった。(ちなみに、彼氏のお弁当はほぼ毎日私が手作りしてあげている。)

「じゃ、これ、今晩のおかずにしてね」

そして、日々のお弁当のみならず、私は夕ご飯を多めに作っては毎晩届けてあげている。彼氏の家は近いので、このくらい何てことはなかった。
「ふん…肉じゃがか。こんな庶民の料理、本来ならおれの口に合わんからな。…だが、特別にもらってやる」
「はいはい」

イチジは前世の記憶を取り戻したという日から口調や態度が本当におかしくなった。が、気にしない。彼は疲れているのだろうからそれは仕方ない。
私がタッパーを渡すとイチジはそれを乱暴にひったくった。すると背後から「おお、エマの肉じゃが!やったー」、嬉しそうなニジの声がした。
「いっつも、悪ィなあ。助かるよ。今日は掃除箇所が多くて下ごしらえの時間ねぇしさ」
「アルバイトして、家の掃除もしてるんだ。偉いねえ、ニジ」
「なんか、イチジの兄貴が急にバイト辞めたいってごねるからよォ。おれのシフトが増えちまって…」
「え!イチジ王子は働くのやめたんだ」
「うるせえな!性に合わねえんだよ!あくせく働くなんて…」
「ただいまー。あ、エマ、メシ持ってきてくれたのか?ありがとう」
「ヨンジおかえり。家庭教師のバイト、終わったんだね」
「ああ。どうにか教え子を希望校へのボーダーラインまで持っていけそうだ」
「さすが。優秀なヨンジ!それに引き換え、長男は何やってんだろうね」
「うるせえっつってんだろ!帰れよ」
「どうしたんだ兄貴。…本当に、最近おかしくなったよな。王子とか言い出して…フゥ…」

玄関先、ニジとヨンジが冷めた顔でイチジを見つめた。
イチジの話通りならニジたちも前世は王子様だったんだろうが、彼らはその記憶をまだ取り戻していない。だからシンプルにヤバい人を見る目つきになっていた。「いずれエマに捨てられるな…」。ニジがため息を吐いてそう言っている。

「あ、エマ、来てたんだ。ならメシ食ってけよ」

すると、この家の3男も帰って来て、私を見ればにっこりと笑ってそう言った。「サンジー、おかえり」。振り返ると、スーパーの袋をさげたサンジが立っていて、ニジとヨンジも私に続いておかえり、と言う。

「すぐ作るから。あがってな」
「おう!腹減ったぞサンジ!急いでくれ」
「わーったよ。あ、ほら、このダイコン、駅前の八百屋のおばちゃんがくれた」
「お、ラッキーじゃん」
「ちなみに私はバイト先でほうれん草をもらったぞ」
「ありがてぇなあ。じゃあ、それでおひたし、作るな」

早くにお母さんを亡くし、お父さんと力を合わせて生活している彼らを支える近所の人は多かった。だからこのように彼らは通りすがりによく物をもらっていた。
「よかったね」
私がうんうん、と頷きながらこの微笑ましい状況にほっこりしていると、「サンジ!!てめぇ!!おれがほうれん草嫌いなこと知ってるだろうが!!何でんなもん作ろうとしてんだよ!!!」「…」、イチジがガルルル!と、突然に牙をむき始めた。

「何だよ兄貴…」
急に怒鳴られたサンジはむー、と眉を下げている。「最近ずっとおれを煙たがってさ。酷ぇよ…」。そして口を尖らせて、子犬のような目でイチジを見つめた。
「そんな目で見るな!この!!落ちこぼれが!」
「何だよ、落ちこぼれって。サンジは頑張ってるだろ?」
「そうじゃねえ!!あああ!そうじゃねえんだよ!」
「サンジー、炊飯器のセットはしといたからな」
「お、ニジ、サンキュ!」
「ニジ、てめぇ、サンジに手を貸してんじゃねえって!!」
「…何言ってんだよ、兄貴。いつもそうしてただろ?」
「あー、ハイハイ。早く元の兄貴に戻ってくれよなぁ。おれ、そろそろ傷つくわ。よし。じゃ、夕飯作るからな」

どういうわけかイチジはサンジに冷たくなった。例のあの日からである。レイジュお姉さんを差し置いてこの家で一番の料理上手であるサンジがいるおかげで毎日ごはんが食べられているっていうのに、イチジは前世の記憶とやらの所為で日々サンジを罵倒していた。…まあ、本人は気にしていないけど。

「なあなあ、兄貴。おひたしじゃなくて、ポタージュにしたら食える?」
「うるせーー!いらんっ!」
「もーイチジ兄貴。洗濯物取り込むのは兄貴の仕事だってのに何でやってねえんだよ。まあ、おれがやっとくからいいけどさあ」
「はああ!?このおれが洗濯物を入れるわけ!ねえだろ!」
「兄貴、こっちの天戸が壊れかけているから一緒に直してくれよー」
「あああ!するわけねえだろ!」
「なあ、兄貴。ならキッシュに入れたらさ。食える?」
「うるせぇえええええ!」
「メシ食ったら、みんなでゲームやろうぜ」
「やらんっ!んなもん、やらん!!」
「えー!なんでだよイチジ兄貴!」

兄貴ー。兄貴ー。

昔から支え合って生きてきた彼らの兄弟愛はすごかった。
そして、長男だからと長年一番頑張っていたからか、ニジとサンジとヨンジはイチジのことが大好きで、楽しそうに彼にまとわりつく彼らの姿は相変わらず微笑ましかった。…が、ここの所イチジはものすっごく嫌そうな顔をして彼らから逃げ回っている。

ああ。早くおかしくなっちゃったイチジが元に戻ればいいのにな、と思う。
だって私は彼らが仲睦まじく生活しているこの場所にちょこっとお邪魔させてもらうのが、本当に大好きなのだもの。


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