超短編!(令和〜) | ナノ
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その赤が尽きるまで

長編より派生



16番隊の船の掃除をしていると、隊長のイゾウさんが現れて私を呼んだ。
「お前、唇が荒れているな」
そしてそう言って、彼は少し呆れた顔をした。

私は自分のことにそこまで気を使っていない。髪くらいは梳かすけど、顔はすっぴん、服装は適当、食べ物は何でもいいし、夜更かしもする。イゾウさんはその正反対の生活をしているらしいから、彼にしたら私はかなり有り得ない存在なのだろう。
私は唇に手を触れる。確かにカサカサだった。でもクリームなんて持ってないしな。…そう思っているとイゾウさんがため息とともに袂から小さな入れ物を取り出した。「顔を上げろ」。そう言われて、その通りにするとイゾウさんの指先が唇に触れた。そして横にぐい、とスライドされる。どうらや自分の唇に何か塗られたようだった。もしかして、イゾウさんの口紅??
「それでも塗ってろ」
「あ、すみません。ありがとうございます」
ぺこり。慌ててお辞儀をしつつお礼を言うと、イゾウさんは満足したのか艶やかに笑った。しかもその紅の入れ物を私の手のひらに乗せてくれもする。「あげるよ」。そう言ってぎゅ、と手を握らされて言われる。「少しは着飾れ。お前はかわいいんだから」。

かわいいと言われたことにも驚いたが、まさか私物まで頂けるとは思わなくて私は慌てた。
「あ、でも」
「構わない。少しずつ返してくれればそれでいい」
そう言ったイゾウさんは、何故か楽しそうに微笑んだ。
「少しずつ、返す??」
意味がわからなくて私は首をかしげる。
するとイゾウさんはクス…と小さく笑えば私に素早く近寄った。
それはあまりにもわずかな、でも確実な……接触だった。そして私の顔は瞬く間に赤く熟れていた。

「こういうことさ」

そう言ったイゾウさんの口の端には、もともと私の唇にあったはずの紅が…少し。ようやく彼の言わんとする事を理解した私は、ぱくぱくと酸欠の魚のように空気を噛むことしかできなかった。

再びクス…と笑うイゾウさんは、とても優美な仕草でその紅を指先で拭っている。
私の唇はきっと、まだまだ赤いままだろう。


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