不器用な人
『すまないが』
トントンと肩をたたかれて振り返ると、そこにはふわふわの黒い羽が揺れるコートを着た背の高い男の人が立っていた。
知らない人…ではあったが、そのコートと同じデザインで色違いを着る人を知っていたので関係者かな?と思い私はその人に笑いかける。
その人は少々ぎこちない笑みを浮かべて私を見つめると、おずおずと紙片を渡してきたのだ。そしてその紙には文字が書いてあった。
『きみの名前をおしえて』
最初それを受け取って内容を読んでいると、急いで彼は持っていた紙に何かを書き殴りもう一枚渡してきた。
声が出ないのか…。
その二枚の紙片を手にして、私はまた彼を見上げて笑いかけた。
「リコです。あなたは、ドフラミンゴさんと何か関係が?」
名前を告げてそう問うと、彼はにこりと笑って『弟』と書いた紙をくれた。
私はドフラミンゴさんに拾われて、彼のファミリーのアジトの小間使いとして今生活している。
ただの一般人だった私だから、彼のアジトでできる事といったら掃除洗濯炊事といったザ・雑用でしかない。突然に事故で両親を失い借金や何やらで家も財産も失って途方に暮れていた私にとって、ドフラミンゴさんが『ならウチに来るか?』…と差し出してくれた手はまるで神様の手だった。もう何でもします!という思いで彼に付き添ってここにやってきて、雨露しのげる家とあたたかい食事を提供されてそれに涙を流しながら日々雑用に精を出している。
そんな折、黒コートの弟さんが現れた。どこかに出かけていたらしくて私はその時初めて彼に会った。ドフラミンゴさんと同じ金の髪がさらさらしていて、顔は似ているんだけど彼はドフラミンゴさんと比べて相当ドジだった。何もないところでよく転げているし、熱いお茶をよく噴き出している。ドフラミンゴさんはスマートでカッコイイのに。
「リコはカワイイだろう?だから拾ったんだぜ」
ある日ドフラミンゴさんはそう言ってワシワシ私の頭を撫でた。その側に立つ黒コートさん…ロシナンテさんはその言葉にこくこくと頷いて、私は恥ずかしくなって俯いた。神様の手が私の頭から除けられると、今度は神様の弟様が私の頭をワシワシ撫でた。
いいなー!
というベビー5ちゃんの声が聞こえた。
『すごく申し訳ないけど』
ある日ロシナンテさんがトントンと私の肩をつついて注意を促した後、そう書かれた紙を渡してきた。
『きのう作ってくれたやつ食いたい』
二枚目にはそう書かれてあり、私は昨日夕食のデザートに出したプリンのことだと思って「おいしかったですか?」と聞くと、彼は照れ臭そうに笑いながら頷いた。
なので命を削るくらい丹精込めてそれをもう一度作ってロシナンテさんの部屋に持っていく。
嬉しそうにした彼の机にそれを一個置くと、ロシナンテさんはお盆を見つめて首をかしげたので私は「ああ…」ともう一つ乗っているプリンを見つめて言った。
「ドフラミンゴさんにも持っていこうと思って」
安易すぎる発想だけれど、弟様が好きならきっとそのお兄様である神様も好きなはず!とそう思っての事だった。ロシナンテさんは一瞬眉を寄せたようだったけれど、すぐにそれは緩んでスプーンを手に取って食べ始めた。おいしいですか?と問えばこくこくと首が動いたので、私は自信を持って神様の部屋にその後伺った。
『すっかりここになれたみたいだな』
ある日ロシナンテさんはそんな紙をくれた。
『きみはたのしそうだ』
ここに来てもう何か月も経った。
神様はあの日プリンより酒だ!と言って私を跳ねつけ、だからその日はもうこれ以上ないほど落ちこんだけれどそれ以降はずっと幸せ。
ピンクのコートの手入れやワイシャツのアイロンかけは私担当だし、神様の好物はプリン事件の日にちゃんと聞いておいたからその日以降は食べ物に関して彼の機嫌を損ねる事はしていない。
弟様であるロシナンテさんの手がワシワシ私の頭を撫でる。
ロシナンテさんはそんな風にしていろいろな場面で私と紙によって会話し、頭を撫でて笑いかけてくれる。
『すごくおいしかった』
『きみの料理』
「わあ!ありがとうございます!ドフラミンゴさんもそう思ってくれてますかね??」
『すっかり夏だな』
『きせつが変わった』
「そうですね。そろそろドフラミンゴさんのシャツも半袖にしないと…」
『だれよりも』
『いちばん』
『すばらしい』
『きみのそうじのしかたは』
「でしょう!命かけてやってますから!特にドフラミンゴさんの部屋は!あ…もちろん、他の部屋も頑張ってますよ!!」
ある日神様の手と同じようで、けどどこか違うロシナンテさんの頭ヨシヨシを受け入れていると、「おい」と神様の声がしたので私はワン!と忠実なワンコのように瞬時にそれに振り返った。
「部屋片付けといてくれ。瓶を落として割っちまった」
「はい!」
なので弟様の手からするりと放れて神様の部屋へ急ぐ。
背後から何故かため息のようなものが漏れ聞こえた。気のせいかなと思うくらい小さかったけど。
神様の部屋へ行くと、そこには割れたガラスの破片など何もなかった。
あれ?と首を傾げいているとドアが開いて神様がやってくる。きょとんと首をかしげてそのことを問う私に神様はフッフッフと笑うと「嘘だ」とあっけらかんと言った。
「嘘?」
「ああ。…俺はいじわるだからな」
そう言って更に笑う彼の言葉の意味がわからないまま彼に近づくと、ポケットに仕舞っていた紙片の束がばさりと落ちてしまった。
神様がさっとそれを拾ってくれる。
「ロシィの紙か」
「そうです」
「全部とってあるのか?」
「あなたの弟さんがくれたものだから…なんだか捨てられなくて…」
フッフッフ。
神様は笑いながらそのいっぱいになってしまった紙片をぱらぱらとめくり、そして更に声をあげて笑う。
「ダブルミーニングって知っているか?」
突然にそう言った彼にえ?と首をかしげると神様はいやいい、と笑った顔のまま口を閉ざした。
「そういえば最近妙な事を書いたものをもらいました」
「この最後の六枚か」
「そうそう」
私はそう言って笑い返す。
ロシナンテさんが不自由なのは口だけのはずですよね?と問えば、神様はそういえば足も悪かったかもしんねぇな…と言った。知らなかった。
『あなたにお願いが』
『いつかでいい』
『しょうもないことなんだが』
『てを取って歩いてもらえるか?』
『まいにち転ぶから』
『すいません』
「あれはドジで転んでるんだと思っていました!じゃあお助けしないといけないですね!!」
「手を取られりゃ余計に転びそうだがな。フッフッフ」
「え?」
不器用すぎる奴だ。
神様はそう言ってまた笑った。
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無理やりなロシィ夢
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