ワンピ短編 | ナノ
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直感の恋


「ばかやろーーー」

って、船の上で叫んだ。
昨日私、男に振られました。原因はわからない。教えてもらえなかった。なので直したらいい箇所もわからないままただただ泣いて一晩中悶々と自分のだめな所を頭の中で列挙した。するとそれにさらに落ち込んで、隈のできた目に更に悲しくなって、その勢いで会社に連絡をして有休をもらい、そしてこの船に乗った。いわゆる傷心旅行…ってやつだ。

大都会からちょっと抜け出せば、もうそこは新世界。
無機質なコンクリートジャングルから今や目の前に広がるのは青い海、海、海!!空は私の心模様と正反対に真っ青で快晴!浮かんだ雲は真っ白。潮風はそして私の髪を悩み事さえ一緒に吹き飛ばすように激しく吹いて揺らした。このまま飛んで行け!そう思った。


目的地は船で一時間もかからない島。海の次は緑でいっぱいの田舎だった。失恋後の私にはどうしても少しくすんで見えてしまうその景色に、無理やり「わーきれい!」と言い聞かせ、小さな鞄を持ってそこへ降りたつと、足場の悪さにヒールのかかとが石の隙間に引っかかって派手に転んでしまった。
「痛ッ!」
そして激しい痛みと共に靴は脱げ、それを取ろうとすればヒールは折れていた。…なんだこの泣きっ面に蜂な状況は…。思わず目が潤んだ。ううう、あれだけ泣いたのにまた泣けてくる。


「大丈夫だべさ??」


すると、誰かがとことこ駆け寄ってきてそう言いながら手をのばす。潤んだ目のまま見上げれば、トサカみたいに髪を逆立てたヤンキー風の男が心配そうに私を見て、そして今にも泣きだしそうな私の顔に驚いたのか慌てた表情をする。
「痛いんだべ?」
「だいじょうぶ…よ」
「そんな靴はいってから…。ほら…、このサンダルでよければ貸すべ」
トサカ男はそう言って履いていたサンダルを貸してくれようとする。
「あなたの靴でしょ…?」
と思わずそう言って断ろうとするも、彼はいんや履いてけろ!とさっきからものすごい訛りのある言葉で有無を言わさずに私の靴の脱げた足にそのサンダルを履かした。


「こげな田舎さそげな鞄もって旅行だべ」
「そうだよ」
「んじゃ泊まる宿は『バルトクラブ』だべな」
「え!当たり。なんでわかるの?」
「そごしかこの島、宿ねえもん。ヘーハハハ。おれ、そごのモンだぁ」
「そう…なんだ」
「予約さ入ってだから迎えさ来てみたべ。きっとあんただと思ったさ」
「へえ」


靴を貸してくれたトサカさんは、そう言って私の鞄を持って裸足で歩き始めた。いかにもヤンキーで怖そうな出で立ちだというのに、その事を不快に思う姿なんかちっともなくて、むしろ心地よさそうに歩いている姿に好感を持った。…私もよく裸足で走り回っていたなぁ…なんてついそれを思い出した。小さいころだけどね。


「んだども、あんた…えーと」
「リコです」
「ああ、リコ。リコはほんど洗練されてんなー。都会から来たんだべ?」
「うんそう。…そんなでもないと思うけど」
私はちらりと自分を見てみる。
「持ってるモンや服、ここじゃ珍しいべさ!きらきらしてるだよ。それに…きれえだ!」
「え?」
「顔!おれが今まで会った中でリコが一番の美人さんだっぺ!」


トサカさんはへへへと照れ臭そうに笑い、そして宿へと案内してくれる。名前はバルトロメオだと告げた。美人だと言われて一瞬ものすごくうれしかった事は…否めなかった。





二日目。
山の幸と海の幸満載の夕食をたらふく食べた私は遅く起床して胃もたれするお腹をさすりながら宿の窓を開けた。
葉っぱと潮が混ざって不思議な匂いがする。電話があって、朝食を持って行っていいか聞かれた。まだ未消化なものが胃に残っていたので、丁重にそれに断りをいれると暫くしてドアをノックする音がする。
開けてみるとそこには昨日のトサカさんもとい、バルトロメオさんがいた。手には私の靴と何かの器を持っていた。

「靴…、ありがとう」

靴は昨日彼が直してくれると言ってくれたので預けていたのだ。折れたヒールはくっついていた。そしてもう一つの器には…何やら白くて摩り下ろしたものが入っていた。

「何ですかこれ?」
「大根おろしだっぺ」
「え?」
「ばーちゃんが言ってた。胃もたれには大根おろし食えばいいってよ。だからこれ食ってけろ。昨日食わせすぎたべなー悪い悪い」

てへへと頭を掻きながらバルトロメオさんはその器を私に押し付けるように渡すと、するとポケットから更に何かを取り出して器を載せていたお盆にそれを置いた。
クローバーだった。四葉の。

「幸せになれるっぺよ」

そうまた照れ臭そうに言った彼は、言い終えると赤くなった顔を隠しながら去って行った。まるでヤンキーな癖に子供じみたことをする彼に私は思わず表情を緩めていた。


そんなバルトロメオさんと仲良くなるのに時間はかからなかった。
大根おろしを食べて本当に気分がよくなった私が島の店で調達した運動靴を履いて外に出ると、彼がいて町の案内を買って出てくれた。そして島で一番おいしい食事処に連れて行ってくれて、そこで名物だというおそばを一緒に食べた。彼はおばあちゃんが大好きみたいで、ばーちゃんがばーちゃんがとよく言うのでおかしかった。

バルトロメオさんはここの島でかなり顔が効くらしくて、行く先々で会う人たちが親しげに彼に言葉を交わし、私のことをからかった。「彼女さできたか?」という言葉に「なな、何言ってんだべッ!違うべさ!!おれたつに近づくなや?!バ、バリア!」…と、べぇと舌を出して子供がよくやるバリアポーズをする姿に思わず噴き出した。もう笑えないと思っていたのに。
彼女、と言われて盛大に慌て否定する姿がかわいくて、心が癒されるなぁ…とそう思う。
でも私は明日にはもうここから帰るのだ。そう思うと何だか切ない。


「リコ、笑った顔のほうがいいべさ」


夕方。食事のあとバルトロメオさんが花火に誘ってくれた。
宿の前の広場で季節外れの火の花に顔を照らされながらそう言ってくれる彼にふふ…と笑う。最初の花火が消えた。

「昨日は今にも泣きだしそうだったべ。…もう、大丈夫になっただか?」
「多分。…私振られちゃったんだ。でも気分よくなったよ」
「失恋て!リコみてぇな美人さんが振られる事があるのか!?」
「私美人じゃないよ。…都会に行けば私なんて普通以下だもの」

次の花火に火がつけられ、ぱあっと明るい火花が散るもそれもまた消えていく。ああ儚い。きれいだと思ってもすぐに消えてしまうその儚さは、少しばかり身をひそめていた私の辛い記憶を否応なしに引っ張り出した。
あ…やばい。また泣きそう。

ぐす…

思わず鼻をすすったその音が予想外に大きく響いて私は焦った。私の隣でバルトロメオさんが最初に会った時みたいに慌てるのがわかった。
彼はそして徐に立ち上がるとその場から消えた。…どこに行ったのだろう?そしてしばらくした後、彼は水を入れたコップを持ってやってきて私に差し出した。
そこにはクローバーがいっぱい生けられていた。


「いやあ、昨日たぐさん取ったんだども…。いっぺんに渡すたら、何となく効果うすぐなる気がしで…。でも今渡すべ!!今後ずっと幸せになれるっぺよ!!」


そう言って私に押し付けるようにしたそれは…全部四葉だった。ああ。こんなにたくさん。私は泣きそうになりながらも苦笑する。


「もう、何これ…。朝も思ったけど相当子供っぽいよ」
「そ、そうかな!?」
「都会じゃ通用しないからね!」
「ハハハ…。仕方ねえべさ。おれは田舎者だから…」

そう言ってへへ…と笑うバルトロメオさんに、私はごく自然に引いていった涙の代わりににっこりと笑って見せた。







最終日。私は鞄に全部の荷物を詰め込んで直してもらったヒールの靴を履いた。
昨日もらったクローバーは全部きれいに手帳に閉じた。帰ったら押し花にしようとそう思う。


都会人間には効くはずもないと思っていた小さな草の魔法は意外にもよく効いた。
むしろ、都会人間にだからこそ、彼の純朴な優しさが染み入ったのかもしれなかった。
一昨日まではどん底だった私の心は今やすっかり浮上して、ごはんもおいしけりゃ、今やこの景色も限りなく美しく見える。


「帰るんだべなーリコ」


船の時刻に合わせて部屋を出る私に悲しそうにバルトロメオさんはそう言った。子供みたいにあからさまにそんな姿をしてみせる彼に…やはり好感を持つ。私はふふ…と笑って、そしてヒールの靴を脱いでそして裸足になった。足裏に土の冷たさが伝わって心地いい。バルトロメオさんはそれにふ…と笑うと自分も靴を脱いで裸足になる。

「裸足は健康さいいってばーちゃんが言ってたべ」
「テレビでも言ってたな」
「あー…。リコ…。帰って欲しぐ…ねえべよ…」
「え?」

突然にまっすぐに伝えられたその言葉に、私は思わずどきんと心臓が跳ねるのを感じた。バルトロメオさんは気落ちした態度を全く隠そうとしていなかった。

「おれ、あんた見たとぎからおかしいんだべ…。きっと恋だべな。だからリコともっと一緒にいたいだよ」
「すごい直球だね…。私たちまだ出会って三日だよ?」
「ばーちゃんが言ってた。そういうごとに関する直感は信じろってなァ!おれあんたが好きなんだべ!この島さ来てけろ!一緒に暮らしてほしいべさ!」
「本当に…あなたってすごいね…。それもうプロポーズじゃん…」
「今この機会さ逃したら…、もうリコに会えなくなっちまうべ…!だがら…言ってるんだべ!」


私は思わず噴き出した。
純朴な青年のどストレートなその物言いはすとんと私の心に届いて優しく広がる。
田舎に嫁ぐ…か。
それも悪くないかも…なんて、傷心の私だからそう思えるのか、それとも私も直感を信じそうになっているのか。果たしてどちらだろう?

「じゃあ…まず…、付き合ってみようか?」
「へ!?」
「遠距離になるけど…。でも、ここは来るのに二時間もかかんないし…そこまで寂しくないでしょ」
「本当に!?ええのか!?マジか!?」
「うん。いいよ」

私の言葉にバルトロメオさんはやった!と飛び上がらんばかりに喜ぶ。あ…、本当に万歳しながら飛び上がってる。くすくす。また笑えた。
私はそんな彼にそっと近づく。ひとしきりジャンプし終えた彼の腕を引っ張って、そして私に顔を向けさせた。
そして私はニィイと彼に笑ってみせると「バリア張らないでね?」と注意して、それにきょとんとした顔の彼に背伸びして私の唇を彼のそれにくっつけた。チュ…と子供同士のキスみたいにきれいな音がした。するとバルトロメオさんはこれ以上ないほどぎくりと身体を強張らせてあわあわと慌て始める。…どうした?そこまで純朴青年なの??

「えっ!えええ!!いげねえべ!リコ!!接吻なんかすたら…!!お前子供さできちまうぞ!?」
「はぁ!?マジで言ってるのそれ??もう…アハハ。幼稚園生レベルだよ?!…もし子供なんかできたら荷物全部持ってきてここで暮らすよ!」
「おおお!わがった!ぜってえ来い!おれ責任さとるだ!」
「ハハハ。もう…、なんじゃそりゃ!」


私は大声で笑った。
バルトロメオさんは初めは真面目な顔をしていたが、やがて私につられて彼も笑い始める。
遠くから船の汽笛が聞こえた。
それに信じられないくらい彼と離れることが名残惜しくなった気持ちをどうにか隠していると、バルトロメオさんは改めるようにして身を正し私を見つめた。

「一緒に暮らそうだとか言ったり、せせせせ、接吻ば先にしちまったけんど、これからは順序通りにやるっぺよ」
「順序?」
「んだ!まずは…握手…からだ」
「握手??…ああ、ようするに…手をつなぐってこと??」
「違うべさ!握手、だ!」
「あー、はいはい。握手ね。いいよ、行こう」


だから私たちは握手して歩いた。裸足で。
彼の頭の中にある順序って、いったいどんなものなんだろうか?もう幼稚園生だった時代をすっかり忘れた私だから、きっとそれはものすごく新鮮なものになるだろう。そう思った。

直感の恋。そして幼稚園生レベルの恋。
…それは始まったばかり。






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地元で150の町を締め上げたくらいだから田舎人間じゃないむしろ都会育ちかな?って思ったけどけど、あの訛った喋り方で田舎者だから…って言わせたくて田舎者で純朴設定です。

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