ワンピ短編 | ナノ
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二人の世界は少し複雑

私がその道を目指そうと思ったのはとある有名な人物を慕ったからもあるけれど、元々生まれがウォーターセブンで、船をいじることが生まれたときからあたりまえのように自分の間隣りに存在していた事が一番の大きな理由だろう。それこそ子供の時から工場が遊び場所だったのだ。だから私が船大工≠自分の仕事として選び、師匠の経営する船の製造・修理工場を知ってそれこそ身一つで弟子入りを志願したことに、周りは誰も驚かなかった。ただ、そこが海賊専門の工場である…という事実には皆がこぞって驚き私を止めてきた。…まあ、その時にはもう弟子入りを受け入れてもらってしまっていたし、私の修行場所はそこしかない!…と思っていたからそれを聞く耳は持ってなかったんだけれどね!


私が師として選んだその人の腕前は、この世界で知らないものはいないらしい。
今まで仕事場の拠点は何度か変えてきているらしいが、今現在の工場はグランドラインのかなり辺鄙な場所にある。けれどそんな場所にあるにも関わらず師匠の腕前を聞きつけて多くの海賊が日々現れてはこの人に船の製造や修理を依頼してくるのだからすごい。しかも時折海軍ですらここへ連絡を寄越してくることもあるのだ。そして師匠が『ここは海賊専門だからそうじゃない人の注文は月曜日だけなら受け入れてあげてもいい』…と強気な発言をしても、素直にその曜日にだけ軍艦を抱えてやってくるのだから私は思わず笑ってしまった。


「俺がどう愛情こめて修理しても、どういうわけかあいつにしか心を開かねぇ部分があったりするんだよなァ」

そう言ってフランキーさんが苦笑したこともある。
海賊王となった人の仲間で同業者の中では伝説と言われる船大工の彼がそう言うのだから、やはりこの人の技量は本当に本物なのだろう。だから私がこの人の元で働けることは素晴らしすぎる事なんだと言える。そして私はそんな彼女をこの上なく尊敬している!


そして今日も多くの海賊が自分の大切な船と共にこの島へやってくる。
この工場はちょっとしたオーベルジュも併設していて、彼らは船の修理を待つ間小さな食堂で何かを食べつつお酒を飲んで語らいあう。
師匠の決めたルールにより、この工場のある場所・その界隈では海賊同士のいさかいはご法度。そうでなきゃ何もしてやらない…と、これまた大きく彼女は宣言しているのだが、彼らは海軍同様素直にその言葉に従っている。私がそれにいつも感心していると、そんな場所がひとつくらいあってもいいだろう…と目の前に座る人は手の中のお酒のグラスから目線を外し、私を見てにやりと笑った。

「あの女の前じゃ、俺ら海賊はおりこうなペットみてぇなもんさ」

キッドさんはそう言いながら琥珀色の液体を丁寧に口に含む。そのおよそ海賊らしからぬ飲み方も、師匠の指導によるものなのだろうか?だとしたら、本当に彼の言う事は揶揄じゃない。世間に出回っている彼の悪評はここではまるで嘘なのかと疑うくらいにその身をひそめる。だから私のような一般人でもこんな見た目だけで相手を殺せそうなキッドさんと普通におしゃべりができるのだ。

「なんでずーっと独り身でこの島で工場を経営してんだろ?あんなに美人で技術もあればどこの海賊からもひっぱりだこでしょ?」

彼の席に新しい酒瓶を置きながら常々抱いていた疑問を呟くと、キッドさんやその仲間たちは静かに笑った。そしてキッドさんが何事か口を開きかけたとき、ドアのがちゃりと開く音がして彼はそれに思わず視線を移し、ああ…と含むように笑んだ。「顔馴染みだ」。そう言う。

「わぁ!!トラファルガー船長っっ!!」

そして彼と同様に視線をドアへと移した私は、その姿を見とめると歓喜に溢れた声でそう叫んでいた。叫んで、思わずドアへと駈け出す。上着についた外の雨の滴をはらいながらその人は目の前に駆け寄ってきた私に気付くと、片方の口の端だけを多少上げて笑ってみせた。ズキューン。射抜かれるマイハート。それだけで私はとろけそうになる。

「こんばんは!!お、お久しぶり…ですよね!二か月?そのくらい…ですよね??今日はどうされたんですか??」
「…舵が多少おかしくてな。見てもらえるか?」
「はいっ!わかりました!」

そう言いながら私は彼の上着を受け取って頭を下げた。ばれないようにそっとその上着を抱きしめてふわんと鼻腔をくすぐった彼の匂いに心を躍らす。
何を隠そう、私が船大工を目指した本当のところは彼の存在があってこそ…なのだ。
ウォーターセブンで彼の手配書を見ての一目ぼれ。
船大工としての技術を磨けば、もしかすればいつか会えるかも…と思いつつの毎日だった。そしてその思いはこの工場にて叶った!

私がここで働き始めて、その間彼がここに来たのはもう何回めになるだろうか?
彼がこの工場を好んでよく訪れるからここに弟子入りしたのか、それとも師匠の技術を身につけたいからここにいるのか…なんてその真相はあまり聞いてくれるな。ともかくも私はほとんどこのトラファルガー船長に盲目なまでの恋をしていて、彼が来ればそれこそ飼いならされたおりこうさんなペットみたいに彼の側をべたべたとまとわりついている。
その際に『相変わらず素敵です!』とか『いつも新聞で貴方の活躍ぶりを探しています!』とか、もうダイレクトに『大好きです!』と私は言いまくっている。そしてついこの間は『私を仲間にしてください!』と何十回と彼へアプローチした。
けれど彼はそんな私を全く気にかけず、いつも通りの冷たさを含んだポーカーフェイスでのらりくらりとその言葉を受け流した。まあ、そんなところも大好きなんですけど!!


「いらっしゃい」


そして私が彼の上着を名残惜しい中どうにかこの身から引きはがしてコートハンガーにかけたとき、カウンターの奥から涼やかな声がして私の師匠が現れた。先ほどまで作業をしていたのか機械油で汚れたエプロンを外した彼女のそのツナギは年季が入っていてくすんだ色をしている。その袖をまくりあげて出した細い指先を持つ両腕は、繊細な作業こそ向いているけれど丸太を豪快に切ったり削ったり、大きなハンマーを振り回したりには不向きだろうとそう思う。けれど彼女はそんな作業すらすいすいこなしているのだ。同じく涼やかな顔をしたままで。


「元気そうだ」
「あなたもね」


彼は彼女の声がすれば淀みない動作でカウンターの隅の、いつも彼が好んで選ぶ席へと移動して座る。そこはテーブル席からだと建物の柱のせいでこちらから見るにはちょうど隠れてしまう場所だ。だから遠くの席からオーダーの声がして彼らから離れた私はそんな二人の姿はよく見えなくなる。けれど時折ちらりと見えるトラファルガー船長の顔は始終普段は見せない柔らかな笑みを浮かべていて、師匠もまた、粗暴な海賊たちを大人しくさせてしまう艶やかな微笑をさらに極上にした表情で彼と何やら話をしていた。…全くおもしろくない。


「今日は舵がよくねぇ。下っ端には伝えたが」
「そう。もうあれに乗って長いものね。そろそろ手放して今後の事≠検討した方がいいかもよ?」
「よせ。あれは気に入っているんだ。どうにか直せ」
「…ふふ。わかった」


どうにか耳をそばだてて聞き取とれた会話に、師匠はほんの一瞬その瞳に複雑な色を浮かべるとトラファルガー船長の前にことりとお酒のグラスを置いてエプロンを抱えて行ってしまった。
船長はそしてそのグラスの液体をスマートに飲んでいる。


「ふあー。かっこいいなぁ」


思わずそう零すと、キッドさんがくつりと笑った。相変わらずお前はあいつが大好きだな、とおもしろそうにそう言った。


「でも、やめておけ。アイツはお前みたいな子供は相手にしねぇよ」
「何でそう言い切れるの?わからないよ?私そこまでブサイクじゃあないでしょ?」
「…クッ。そんなポジティブなところはおもしろくて俺は好きだがな。…まあ、とにかくだめだ。アイツはあの女と勝負をしているからな」
「勝負?」

そう。

キッドさんはそう呟き、グラスの最後のひと口を飲み終える。そして目を閉じて小さく笑った。するとその言葉を聞いたこの場にいるほとんどの海賊が、まるで同調するように皆が同じく小さな笑みを浮かべた。


「そして俺たちはその勝敗に賭けをしている」
「え?」


どういうこと?意味が解らないよ。
どっちに賭けてるの?

そう言った私に、キッドさんは「普通なら馬鹿なほうが負けるに決まってるんだが、この賭けについてはより馬鹿な方が強いからどちらにするか迷うばかりだ」…と言った。
その台詞に皆がくつくつと笑う。私はさらに意味が解らなくて首をかしげた。



「だめね。もう完全に取り替えないと軸がいかれちゃってるわ。修理には一週間以上はかかりそう」


するとカウンターの奥から束ねた髪をほどきながら師匠が現れてそう言うのが聞こえた。
え!じゃあトラファルガー船長は一週間ここにご滞在!?ウッソー!
そんなに長く留まったことのない彼だから、それを聞いた私は内心で小躍りする。


「そりゃ困るな。この後すぐに麦わら屋の頼みで行かなきゃなんねぇ島があるんだ」


けれどそんな私の喜びを余所に、彼はすぐさまそう言い放った。
そして、彼は私をとろけさせる、その低くて甘さにまみれた声で更に言った。



「リコ。…どうにかしろ」



柱の向こう側。
身体を折り曲げて見つめたその先。トラファルガー船長はその切れ長の瞳をまっすぐに師匠に向けていた。そしてそれを静かに見つめ返す師匠。
沈黙した中それぞれの視線が交差している。
けれどそれはほんの一瞬で、師匠は目を小さく伏せると、口角を少しだけ上げて小さなため息とも取れる息を吐いた。


「ならあの子を同行させて道中で直しながら行きなさい。あの子はあなたの船に乗りたがっていたんでしょ?」


そしてなんと私へと視線を移してそう言った。
急に会話の矛先が私へと向き、私の心は動揺してびくんと跳ねた。



「…下っ端だろ?」
「下っ端でも私が手塩にかけて育てたの。それに技術は確かな子よ」
「…」


自慢の弟子なの。


そう言って師匠は私を見て、女である私でさえもとろけさせるような花みたいな笑顔で微笑う。また私の心が否応なしにドキドキ跳ねた。
トラファルガー船長は、そして暫く押し黙った後諦めたような笑顔を見せる。
その双方の複雑そうな…けれどどこかしら吹っ切れたような笑顔がまた交差した。
柱のせいでやっぱりそれは見えにくかったけれど…。



「チッ…。また勝敗がつかなかったか」
「え?」


するとキッドさんはあーあと盛大なため息を吐きながらそう言った。
どういうこと?
と聞く私に、ガキはもう寝てろ!と彼は笑って取り合わない。


それにムッと頬を膨らませた私。
そんな私を慰めるようにこっそり話かけてくれたキッドさん以外の海賊さん達によると、あの二人のあんなやりとりはかれこれ十五年以上続いていて、そして二人ともがお互い馬鹿がつくくらいに頑固な性格をしているんだそうだ。
その期間にトラファルガー船長は麦わら海賊団と共にその名を世界に轟かせて有名になるも、彼の船には船大工さんが海賊団結成当初からずっといなくて、対して師匠はメキメキと技術を向上させ海賊の間で有名になっていくばかりであったのに、彼女はどの船の仲間にもならず、陸地で生きることを選び続けてきたらしい。

…『俺の仲間になれ!』
…『嫌よ!あんたこそ海賊なんて辞めてこっち手伝いなさいよ!』

そんな二人の海への誘いと陸への誘い。
その互いの論争は最初こそあからさまだったみたいなのだが、それは年月が経つごとにどんどんと静かな争いへと変化していったらしい。
そして皆は彼らに賭けをする。どちらが先に折れるのか、を。彼と彼女がいつ、その馬鹿なまでに頑なな意思を貫くことをやめ、互いが一緒になれる日が来るのか…を。


ああ…。


私は柱に隠された二人を眺める。今はその表情は見えなくて、声もかすかにしか聞こえない。一体二人は何の話をしているんだろうか?でもきっとそれは、勝負などすでに関係のなくなった、二人にとってただの他愛もない話であるんだろう。
私はそして、トラファルガー船長の座るその席が私の知る限り彼以外に座った者はいないということをその時ゆっくりと思い出していた。
カウンターにいる師匠を最も近くで見れる場所…。
工場から店へとやってきた師匠が一番に人と会える場所…。


…けれど!
それよりも今私の心を占めているものはそれに落胆することではなかったのが事実でして!


「ねえキッドさん。それよりもさ、さっき師匠私の事自慢の弟子って言ったの聞こえた?」
「あん?」
「ねぇ聞いたでしょ??私、見込みあるってことだよね?ね?ね!」
「…おお、そうだな。クク…。ハッハハハ。お前…将来いい女になる素質があるな。この勝負、大番狂わせもありえるかもしんねぇぞ」
「なにそれ!…ねぇ!トラファルガー船長!私乗せて行ってくれるんですか??私ってば師匠の自慢の弟子なんですよ!?」



私の言ったその台詞に、トラファルガー船長はまた片方の口の端をもちあげてクールに笑った。
師匠もまたくすくすと笑う。
それに合わせて店にいる人も全員が大きく笑った。
その笑い声は小さな店いっぱいに広がって、その穏やかな顔を見てみれば、ここに集まった人達全員が荒くれた海賊たちであるだなんてまるで思えないくらい。


私は思った。
うーん!やっぱりトラファルガー船長はかっこいい。


けれどこうも思う!



こんな人達の中心にいて、こんな不思議な空間を作り上げることのできる…その力。



この世で一番最高なのは…
どう考えても私の師匠でしかないんだって、ね!!




(久しぶりに「紅の豚」を見ました。いい話ですね)


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