ワンピ短編 | ナノ
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Wonderful night

私は今までほとんど泣いたことがない。それは彼と、ローと付き合い始める前…というか、物心ついた時からそうだった。幼稚園の時には私をからかった男の子に対して、泣くより前に私は彼を蹴っ飛ばしてしまっていたし、小学生の時には女子に無視されていじめられても、泣くんじゃなくて意味の分からないその仕打ちに対して私は彼女らに不満をぶつけていた。中学生の時の初めての失恋にはやけ食いでどうにかしていたし、高校の時に飼い犬が死んだときは死期が近いことは前からわかっていたので家族がわあわあ泣く中、私だけは冷静なまま一人でお墓を作った。そして大学の時もあらゆる場面で私は泣くことはせず、そして卒業して社会人になっても、ほとんど泣くという行為無く今現在に至っているというわけだ。要するに私は…

「テメェは強情で、かわいげのねぇ奴だ」

…という事らしい。
ある日ローが忌々しげにそう吐き捨てるように言った。
その時私は彼とちょっとしたことで喧嘩をしていて、お互いが譲らなくて、ローが頭にきたのか強い口調で私を罵る言葉を言ってきたけれどそれでもやっぱり私は折れなかった。私はローの言葉に多少傷付いていたけれど、泣くまでもなかったので唇を噛んで彼からぷい…と目をそらした。そしたらそう言われた。「せめて泣き顔でも見せりゃこっちだって譲歩することを考えてやったのに…」…とも。

私はそれにあかんべをしてまたぷい…と顔を背けた。

とまあ、こんな私であるけれど、別にそこまで壊滅的に捻くれているわけではないのだ!映画や本を見て感動だってするし、大きな声で笑うし、小動物も大好き。素直な所だってある。まあ、頑固なところもあるけどね。
…まあ、要するに、私は涙を流す事をあまり選択しない体質なんだとそう思う。ドライアイっていうのかな??様々な場面における、ドライアイ。ローは時折その事を指摘してやはり「かわいげがねえ…」とぶつくさ言う。ローだって相当強情だと思うけど!でもそのことを負けじと私も言い返せば彼が絶対最上級に不機嫌になるのがわかるからいつも止めておくんだけどね。


それから数日が経ったころ、友達に言わせれば些細でアホらしいこの喧嘩は(ちなみに喧嘩の内容は、トイレの蓋を開けたままにするローに対して閉める派である私がその事を咎めた…というものである。私にとっては全く些細ではない!)、ローからきた遠回しに謝罪しつつのごはんのお誘いメールでひっそりと私勝利での幕引きとなりそうだった。私はニヤリと笑う。行ってあげてもいいよ!とちょっと意地悪く返信すると、それについての突っ込みはなく、けれど『必ず来てほしい』なんていう彼っぽくない低姿勢な文章と共に待ち合わせ場所と時間の記載されたシンプルなメールが届いたのでまた笑った。それは大学時代によく利用していた駅の前だった。


熱くて湿ったあまり心地よくない風がまとわりつくように吹いている夕方。駅にはたくさんの人達がひしめきあっていて、私はそれらに押しつぶされそうになりながらもどうにかローを見つけ出して彼に駆け寄った。
「今日お祭りだったんだね!」
「ああ。…うん。知らなかった」
「そうなんだ!まあ、もう私たちもいい歳した大人だしね。今更興味もないよねぇ」
「…でも。花火があがるらしい」
「ふーんそうなんだ。あ、お店予約してるの?こんなに人がいたら予約なしならすぐいっぱいになりそう!早く行こう!」
「…せっかくだから…夜店で食うか?」
「え!?ロー本気で言ってるの?そういうの好きじゃなくなかった?!人も多いの嫌いでしょ?」
「たまに食いたくなる…。焼きそばとか」
「あの伸びちゃったようなやつが?へー。意外!珍しいね」
「ちょっと行ってみねぇか?」

ぐい…。
質問口調だったくせにローは有無を言わさんばかりに私の手を引いたので、もっと食べる気を失くすような事を言い連ねようかと思ったけれど諦めて引かれるままに歩いた。暑いのに人ごみの中をわざわざ目指していくなんてなぁ…。私はばれないように少しだけため息を吐いた。一応喧嘩あけであることだし、あまり彼を不機嫌にさせることは言わないでおこうか。

クーラーの効いたお店でゆったりのんびりモードでいた私は人の熱気にふぅ…と息をはきながら、手を引かれるまま川沿いの夜店の立ち並ぶ場所までヒールの靴で歩いた。先ほどまで夕日で染まっていた空はだんだんと暗くなって、集まった人々は花火があがるのがもうちょっとなのか、今か今かと空を見上げてわくわくしていた。ローはそのあたりのお店であたりさわりのない焼きそばやフランクフルトなどを買うとそれを手にしてまた私の手を引いた。人がぎゅうぎゅうで息苦しいばかりであったが、それについて歩けば少しだけ人の少ない開けた場所にたどり着いた。「はー!」。私はベンチに座りながら思わず大きな息を吐いた。

「あー暑いねぇ。夏だね!」
「…ああ」

ローは何だか無口になっていた。ほらやっぱり。暑いのとか、人ごみとか嫌いな癖に焼きそば食べたさで無理するから…。私はため息を吐きながらローの渡してくれたフランクフルトをがぶりと食べた。これを食べたらクーラーの効いたお店にでも連れていこう。そう思っているとケチャップがどろりと垂れて膝の上に落ちた。
「あ!大変!ロー、ティッシュ持ってる??」
「ポケットに確か…」
「ちょうだい!」
「…あ!待てッ」

私はローのパーカーのポケットにさっと手を突っ込んで道を歩きがてら渡されたのであろうティッシュを引っ張り出す。ころん。…するとそれと共に何かが転がってきて、私はあれ?とそれを凝視した。

ころころと転がったそれは地面に落ちて街灯の明かりを受けてきらりと光った。ずいぶんと小さい。小さすぎて思わず目を細くした。「おい!!見るな!!」…って。ローがそう言いながら焦ってそれに手を伸ばしている。

「いや、無理だよ。もう見ちゃったよ。ばっちり見ちゃったよ。指輪じゃん。しかも石がついてるやつじゃん」

私ははぁ…と息を吐きながら思わずそう告げてしまった。なんだか気を遣う気にもなれなかった。あまりに拍子抜けしてしまって。ローはそれを拾い上げて「うぅ…」と唸っていた。


そうだったね。確かに、今日は付き合い始めた日っていういわゆる記念日だった。フランクフルトを握り締めたままそう思った。なんだか長い事そこまで酷い波風もなく付き合ってきていたからぼんやりしていたけど、まさにそれは今日だ。そう思いながら手に入れたティッシュをビニールから引っ張り出して膝を拭いてそれを丸めた。ローはずっと無言だ。けど、クソ…と舌打ちはしていた。

「それで、ここ?…確かに5年前ここで告白してもらったなあ」
「…」
「あ、いろいろ思い出してきちゃった。ふふふ。あの日も暑かったなあー」
「…」

私は何だか笑いがこみあげてきてしまった。5年前のこの日もお祭りがあって、ローは同じように焼きそばを食べていた気がする。たまに食べたくなる…って言って私を誘って、このベンチに座って…。


するとドーン!という小さな爆発音が響いて、遠くの空に花火があがり人々の歓声もまた上がった。ここからはちょっとしか見えないけれど、でもきれいな光の欠片が空一面に広がっていく様を確認すると、暑くて怠くなっていた私の心は5年前の懐かしい記憶を思い出すと共に不思議と爽やかな気持ちになる。
この広場を歩いていた人達もまた、音と光に気が付いて笑顔になりながら立ち止まって同じようにして花火を眺め始めた。
「失敗だね」
「ああ…」
私の言葉にローは盛大なため息をこぼしていて、私はアハハと思わず笑った。ローは今まで見たこともないくらい落ち込んでいるような顔をしていた。


「で?本当は一体どういう段取りだったのかなぁ?あ、まさかだけどさー。すっごい大きな花火があがった瞬間にアナウンスとかで『リコさん!結婚してください!』とか言ってきたりするとか??あ、あとさー。急にこの辺の人達が踊りだして、ほら、あの、フラッシュモブ?それでローも最後にじゃーんって踊って花とか持って歩いてきてプロポーズしたりとかしちゃうの?アハハ!!あれって、ほんとありえないよね!マジで引くから私!」


なんだかこの状況が可笑しくて可笑しくて。項垂れたローがなんだかかわいくて、可哀そうで。だから笑いながらそう言ってみた。そしてそれはふと思ったことをそのまま言ってみた、本当に私にとっては咄嗟に出た言葉だった。
するとローの顔がさっと青ざめて強張って、慌てて携帯電話を取り出して操作をし始めたので…私はえ!?と思わず口をあんぐりと開け放してしまった。…えーと。……ほんとうに、ですか???え!?マジで!?あなたローですよ!?それら全部あなたの柄じゃないでしょ!?え?世界がひっくり返ったとしても、絶対にしそうにないやつでしょ!?縁遠いってやつでしょ!?
「クソ…!出ねぇ!!あ、もしもしッ!!」
焦り顔のまま、ようやく出たらしい相手と話し始めたロー。けれど、その直後に一際大きな音がして花火がドーーーン!と上がり、そして、残念ながら、底抜けに明るいお姉さんの声がそこらじゅうに響いた。…響いてしまった。

『ここでサプライズでーす!5年付き合った彼女さんにお伝えいたします!幸せにします!結婚してください!リコさん!愛しています!!トラファルガー・ローさんからでした!』
「…」
「…」

そして辺り一面から沸き起こる、集まった人々のひやかしのような歓声。あー…。私は頭を抱えそうになった。ローは更に項垂れていた。

…するとまた信じられない事にこの広場に音楽まで鳴り響き始めた。「ええ?!」「ハ!!しまった!!ペンギン止めろ!!中止だ!!」。ローが慌てて立ち上がってそう叫んだ。



私はもう、死にそうだった。
「アッハッハハハハーー!!ヒーーーヒヒヒ!!アッハハハ!!や、ヤバイ!!ヤバいよ死んじゃうよ!!!クーーー!!ククク!!ヒィイイーー!」
お腹がよじれそうだった。フランクフルトを持ったまま、ヒイヒイハアハア笑って、もう許されるなら地面に転がって笑い飛ばしたかった。だって、このローが。ローが、だよ!?もうおかしくておかしくてたまらない。おかしすぎてもう何が何だかわからない!

「何でこんな事計画すんのよ??まったくもって全部ローらしくないじゃん!アハハハ」

笑い飛ばし続ける私に、ローはむくれた顔で言った。


「お前を泣かしてみたかった」


…だなんて。


「ペンギンがこうすれば女は絶対100%泣くと言っていたのに…」
ブツブツ。
そう言って盛大に顔を顰めている彼に、私は笑いすぎて痛むお腹をさすりながら、私たちを遠巻きに残念そうに眺めている恐らくはダンスの参加者さんたちにまた笑いそうになりながら、そして木の陰からあーあと肩を落としている、この度ローに妙な事を吹き込んだ犯人であるペンギンとシャチを小さく睨みつけながら、更にもう一度盛大に笑い声をあげてそして言った。


「もう申し訳ないんで予定通り踊ってください。お願いします」


そして始終笑ったまま彼らの渾身のダンスを見つめ、仏頂面になってしまったローからの花束とさっき見てしまった指輪を受け取りながら私は答えた。「YES!」ってね。


「強情でかわいげがなくても愛してる…」


そんなセリフ、柄にもなく人が大勢いる中で言ってこられたら、もうそう返事するしかないよね!
そして私がそう返答した時の空の花火と指輪の輪郭が意に反してぐにゃりと歪んで見えたのはきっと…


本当にごく自然にうれしい涙が両の目から流れ落ちたからでしょう!






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大好きなサイト「まあいいか」様の企画に提出した作品です。


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