ワンピ短編 | ナノ
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アペリティフ

ある日私が海の彼方に見つけた船は、世間に名の通った海賊船であった。そして、その時はまだ相手は私の船に気づいていなかった。…というより、それどころではないようだった。望遠鏡から覗き見たその船の甲板には、明らかに具合を悪くしたクルーが大勢並べられ寝かされていたのだ。その人達を看病している人間はたったの1人。すなわち、クルーのほぼ全員が何らかの病魔に侵されているようだった。

「…」

その時私はわずかの逡巡の後、決断した。
これは好機だ、と。
今ならあの船をきっと攻め落とすことができる…と。
たとえ相手があのハートの海賊団≠ナあっても、戦力がほぼ削げた状態であるならばこの私であってもきっと勝てるとそう思ったのだ。

「…」

しかしながら、私の考えは浅はかであった。
自分は悪魔の実の能力者であったが、まだまだ経験の浅い海賊にすぎなかった。
名乗りをあげてハートの船へと乗り込み、勢いよく剣を振るったが私はただ一人のクルーに負けてしまった。
何かの病気に苦しむ人々を介抱していたのはその船の船長である死の外科医トラファルガー・ローだったのだ。
彼は攻め込んできた私たちを見るなりニヤリと笑い、長刀を抜けば一太刀で私たちを真っ二つにした。それこそ文字通り、手も足も出せなかった。そして私たちは彼に捕まり、船長である私はあっけなくハートの海賊団の捕虜となった。



リコーー!

明るい声がしたので振り返ると、白熊のクルーが衣服を持ってそばに駆け寄ってくるところだった。
「これ、着てね!」
そう言ってサイズの合った、真新しいカットソーとパンツを差し出してくれる。
「…ありがと」
今私が着ている服は借り物でブカブカの、ここのクルーと揃いのツナギだった。元々着ていたものは捕虜になった日に脱がされて捨てられた。あの日、私以外の仲間はトラファルガー・ローの能力で船ごとどこかへ飛ばされ、そして残った私は彼に引きずられるようにして連れられ、私室のベッドへと投げ出されればそのまま抱かれた。ほぼ男だらけの船に乗り込み捕まったのだから、そうなることへの覚悟はあった。だがトラファルガー・ローは酷い抱き方はしなかった。むしろ、こちらが戸惑うほどに優しかった。何度も何度も、私の意識が果てるまで続いたそれには辟易したが、不必要に身体を傷つけられることはなく、しかもその翌日から私は自由に船内を歩くことを許された。捕虜になるのはこれが初めてであるが、この処遇がおかしいことはわかる。でも、トラファルガー・ローはこちらの意思を無視して夜毎私を抱く以外は特に捕虜らしい扱いはしてこない。

…牢に入れたり、鎖で繋がないの?

情事のあと、ベッドの上でずっと頭を撫でてくるトラファルガー・ローに私は意識半ばにそう聞いた。



すると、少しの沈黙の後彼は「そうだな」と呟けば手のひらの上に能力で小さく華奢な白い鎖を出現させた。そしてそれを私の手首に巻いてクス、と笑った。
そこからじんわりと力の抜ける感覚がしてそれが小さな海楼石であることがわかったが、それは女の力でいとも簡単に砕ける代物で拘束の意味は全くない。

「リコ、それを着たらキャプテンの部屋へ行ってね」
「…うん」
「キャプテン、最近すっごく楽しそうなんだ〜。何でだろうね。仲間が増えたからかな?」

そして白熊のクルーはにこにこと笑いながら私に微笑んでそう言った。私は仲間なんかじゃなくてただの捕虜だと言ったが、すぐさま違う、と言われた。ここの船長は私を殺す気なんて少しもないらしい。態度でわかる、と。白熊の側にいた古株であるらしいサングラスのクルーが口をはさむ。うんうん、ともう一人も頷く。

ここのクルーたちはみんないい人で、私に対して優しかった。
あの日酷い症状に苦しんでいるように見えたが、次の日には皆快復していて、船長の指示のもとテキパキと働いていた。

「あんなに機嫌のいい船長は珍しい」
「だな。機嫌が良すぎてまた自作の飲み物持ってこられちゃたまらねえから気を付けねぇと」
「ホントだよね!!」

どうやら彼らの調子を悪くさせたのは、珍しく台所に立ったトラファルガー・ローが振舞った手製のドリンクのせいらしい。「リコも気を付けてね!」。そしてそう言って白熊たちは去って行った。その背中は誰もが無防備。このあまりにも意味をなさないブレスレットを壊せば、私は彼らをあっという間に能力で瞬殺できるだろう。

「…遅かったな」

新しい服を着て船長室へ行くと、トラファルガー・ローはいつも通り、卓上に置いてある瓶の中身をグラスへと注いだ。それは蕩けるくらいに甘いお酒で、私は捕虜になった日からそれを毎日飲まされている。いや、飲んでいる。初めは抵抗したけれど、今はそれが欲しくて欲しくてたまらないから、私はすぐにトラファルガー・ローに近づくとグラスを手に取ってそれを飲み干す。白熊のクルーたちと話した時、このお酒もトラファルガー・ローの手製かもしれない、と少しだけ懸念したがそんなことすぐにどうでもよくなった。この甘いお酒を飲むと、何もかもがふわふわしてひとつのことしか考えられなくなるのだ。ただ、欲しくなる。トラファルガー・ローが。いつでも壊せるブレスレットをつけたまま、自由に歩けるこの足で自ら船長室へ行ってしまうくらい、あの甘いアペリティフを飲むと私は欲望に従順になり、メインディッシュを待ち望む。

椅子に座った彼はそして私の手配書を見ていた。
ちらりと見た紙面の懸賞金はかなり初期のもので、それは今から多分、1年以上は前のものだ。

「残念だ。顔に傷が増えてる」

トラファルガー・ローはそう言った。
そして一枚、また一枚…と重ねてある手配書を繰る。
全部、私だった。
皺ひとつなく丁寧に保管されていたらしいそれを恍惚とした顔で眺めるトラファルガー・ローにぞわりとした悪寒が走った。
そして気がついた。
ああ、この人、私のストーカーのようなものだったのか。
なるほど、それで、クルーたちはあの時…、みんな。
気づいたけれど、もう遅い。
ヤバい。
ここにいたらヤバい。
怖い。
本当に怖い。

そう思うも、でも…どうでもいい。

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