ワンピ短編 | ナノ
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終わりを告げた春

桜の花が舞い散る。
初めて袖を通した制服はまだ身体に馴染まないうえに、生地が固くて何だか動きづらい。


4月になった途端に昨日の自分が途端に幼く感じられたのは何故だろう?たった1日、中学生から高校生へと変わっただけだと言うのに。けれどそれは俺にはっきりとした思考の変化を与えていた。

ぐ…と、出がけに家で見た姿見に映した自分の表情を、真面目な顔をしてみせた自分を思い出してその顔を作ってみる。
そしてそれと一緒に、昨日一晩中考えていたセリフを頭の中で何度も繰り返した。


「あ、おはよう」


門を開けて外に出ると、髪をすとんと肩に垂らしたリコがふわんと笑って、新しい制服に身を包んでそこに立っていた。ついこの間までふたつに編んだいたおさげ髪が、今はほどけて柔らかな春風に揺らされて舞っていた。足元にはおろしたての靴がぴかぴか光っていた。


「おはよう」
「今日から高校だねえ」
「ああ」
「友達できるかなあ」
「いずれできるだろ」
「そう、だね」


俺が横に立つと同時に歩き出したリコ。
小学校の時からずっとこうして学校へ一緒に通った。
でも、もうあれから何年も時が経ち、今や俺たちは高校生となった。…もう、無邪気なばかりだった子供では…ない。俺は歩きながら、微笑んで歩くリコをちらりと見て、そしてまっすぐに前を向いて息を吐いて、吸った。


さあ。
言わなければ。
俺たちはもう違うんだ、と。
幼馴染ではあっても、男と女で。だからこれからはお互いそのことをもっと意識しなければならないんだということを…。


「あ、ねえ。ローちゃ……、ううん!!トラファルガー君」
「へ…」


思わず言ってしまいそうになったその愛称を、慌てたように首を振って取り消したリコは俺の名を言い直した。
へへっと照れ臭そうに笑ったリコはごほんと大げさに息を整えながら「ごめんごめん」と屈託のない笑顔を俺に向けた。


「もう、ローちゃんなんて呼んじゃ、だめだよね!もう私たち高校生だもの」
「…」
「これからは君づけで呼ぶように頑張るから」
「…」
「…もし間違って呼んじゃったらごめんね」
「……ああ」



唖然とした。そして愕然とした。
俺が必死で考えていたセリフの全部が、この一瞬でおじゃんになったのだ。



_俺たちもう高校生だぜ?…そんな呼び方もうよせ

_周りの奴に…からかわれたくねえ

_お前だってそうじゃねえの?

_まだガキのままなんだな


「どうかした?」


黙ってしまった俺を訝しんでリコが俺を見上げた。
俺はそして声をかけられて初めて、自分が無言で放心したようになっていた事に気が付いた。


「悪い…」


子供なのは…俺の方だったのかもしれない。
馴染みきっていた、心地よかったその呼び名からすんなりと離れていったリコに、こんなにも落ち込んでいるなんて…。



「もう一緒に学校に行くのも……お終いになるのかな」



追い打ちをかけるようなそのセリフ。
俺はそれに返事もできなかった。



4月。新生活の始まり。新しい世界への突入。そして、新しい彼女は新しい志で…旅立っていく。…俺を残して。



一段と強い風が吹いた。
更に舞い散った桜の花びらは、より一層はかなく青空に飛んでいく。



けれどその風は、俺の心に深く残った幼心を吹き飛ばしていくほどの強さは、残念かな、ないようだった。


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