不器用な人A
「俺が今確認してえのは、俺のために殺しも厭わねぇか…ってことだよ…リコ」
「もちろん厭いません。あなたのためなら」
「いい子だ」
とある一室で神様、もとい若様がそう問うので私はすぐさまそれに答える。若様は私の返答にニヤリと笑った。
すると部屋のドアがバーン!と開いて、慌てたようにして入ってきた人物がいた。
弟様…もといロシナンテさんだ。
『なんのはなし』
急いで書いたのか、まるで読みづらい紙片を揺らしながらロシナンテさんは若様に詰め寄った。椅子に座って、足の上に肘を置き手を組んでいた若様は駆け寄ってきたロシナンテさんにニヤリとした顔を向けて「ノックくらいしろ、ロシィ」と彼の紙片を見ながら言った。
『くぁwせdrftgyふじこ』
「読めねえぞ…」
焦っているのか文字を書く手が震えていて、最初の紙を渡された若様はフ…と笑ってそれを突き返す。「落ち着けよ」そう言われ、ロシナンテさんは一度深呼吸をするとさらさらともう一枚紙にペンを走らせてそれを若様へ押し付けた。
『殺しならおれがする』
それを読んだ若様はフッフッフとそれを一笑し、私にもその紙を渡してきた。ロシナンテさんは私を心配そうな瞳でじっと見つめている。私は紙片をそっと撫でた。ふるふると首を振る。
「いいえ。ロシナンテさん。これは私がやりますから」
「ああ。…てめぇにはできねえよ。お前は…優しすぎるからな」
『でもいやだ』
「大丈夫です。…私なら心配いりません。怖くありませんよ」
「もともとその要員としてここに連れてきている。リコも了承済みだろ?」
「はい。その通りです」
『そんな!』
「そいつがいる間は…俺はおちおち寝ていられねぇ…。さっさと…始末してもらいてぇ…」
「寝ている間中側にいても構いません。私が若様を守ります」
(!!!)
「それも楽しそうだが、別のモノに命を狙われそうだ…。さぁ…リコ、武器は用意してある…。どちらを選ぶ?直接死を与えるか、間接的に与えるか…」
『だめ!』
「もちろん…直接です」
「さすがだな」
ロシナンテさんはあああ!と声にならない声をあげて私の腕を引っ張り、ふるふると首を振った。その顔は苦痛で歪んでいる。口の動きで何となく彼が言っていることがわかった。
だめだ、やめろ
おまえはそんなことをするひつようない
…そう言っているんだと思う。
「早くしろリコ。武器をとれ」
「はい…って、ええ!?」
…とそこで、ロシナンテさんの両腕がぎゅっと私を抱きしめた。私の頭の上でロシナンテさんの首がふるふると左右に降られている。『だめ!』と書かれた先ほどの紙片をいっぱいに揺らしながら。
「なら…ロシナンテさんも手伝ってくれますか?」
私は彼を見上げながら、言った。
そんなに心配してくれるなら…共に戦えばいいかも…とそう思った。
『!』
「ロシナンテさんはアシストしてください。…はい、間接的なほうの武器!」
「…俺は退散するよ…。奴"は飛翔もするからな。…別室で待ってる。フッフッフ」
若様は笑いながらそう言うと、私に直接死を与える方の武器を渡して去って行った。
毒ガスの詰まったそれを渡されたロシナンテさんは、目を見開き口をあんぐりとあけた状態で私と私の持つ武器と自分の持つスプレー缶を交代で見ていた。
「あ!!そっち行きました!!!ロシナンテさん!!殺って!!」
「ギャッ!!!(ッッヤバ!!凪!!)」
「早く!!あああ!!こっち来たあーー!!」
バシ!!バシ!!!!
シューーーーーー!!!
「って、今ロシナンテさん言葉出てませんでしたか!?…って、あ!そっちに逃げたっ!」
(アアアアーーー!ヤダーーー!)
ロシナンテさんの足元に素早く逃げたそれに気づくと、彼は盛大に飛び上がって、その勢いのままぐらりと態勢を崩す。慌ててそれを支えようとした私は、彼の体重を支えきれずにそのまま一緒になって倒れた。
キュ…
が、私が彼の下敷きになる寸前にどうにか身をひねったロシナンテさん。それでも倒れること自体は止められずどさりと床に落ちると図らずも、私と彼は抱き合う形となって転がった。
彼の胸が暖かい。
ロシナンテさんの顔がかああと赤く染まるのが分かった。
「あわわ。すみません」
(いいんだ)
「…それにしても…」
(どうした?)
「兄弟と言えど…、やっぱり抱かれ心地は違いますね」
「え!?」
「あれ…?今…」
((ヤベェ。…そしてクソ!))
「さぁて、俺に感謝してもらいたいと思っていたが、別の理由で殺されそうだから…本当に退散するか…」
そう言った若様の声がドア越しに聞こえた。
__
その後
「若様!!殺りましたよ!!見てください!!ほら!ぺしゃんこです!!」
「ウゲ!…馬鹿!そんなもの俺に見せるな」
「でもロシナンテさんが殺しの結果は見せるべきだって」
「あの野郎…」
チャンチャン
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