超短編!〜平成 | ナノ
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真夜中になるまでに

私の職場は繁華街の隅にある。オープンは夜8時くらいからで、閉めるのは真夜中になる手前。だから…

「時間がねェんだ、さっさと始めろ」

と。
アルコールの所為でいささか呂律のまわらない赤い顔をしたお客さんに軽く噛みつかれながら目の前の椅子に座られることなんて常だった。…まあ、もとより、そういう人をお客さんとして狙っていたりもするのだが。

「わかりました。さっそく始めましょう。で、今日はどんなお悩みが?」
「…ッハ。悩みなんかねェ。飲み会の罰ゲームで来さされただけだ」
「はあ、なるほど」

目の前の人はハァ…と大げさなため息を吐きつつ少し潤んだ瞳を気だるげにどこかへと向けていた。小さな椅子から投げ出した長い足を大胆に組み、テーブルに置いた手の指先をトントンせわし気に動かしながら。
そのあからさまな横柄さに私の方もそっとため息を吐く。が、そんな態度をされることもよくあることなので気を取り直してペンを持ち、ノートを開いた。

「では、まず名前と生年月日などを教えてもらえますか?そこからあなたの生まれ持った運命を割り出します、そしてカルマ等を…」
「うるせえ。そういうのはいい。信じてねぇんだ。『おれはこの先幸せになれるかどうか』、だそうだ。それだけ占え」
「はあ…なるほど」

目の前の男は鬱陶しそうに手の中のくしゃくしゃの紙を私へと投げだした。『〇×ビルの隅にある占いに行くこと。そこで…』などなど。その紙には今彼を極限なまでに不機嫌にさせている罰ゲームの内容が書かれていた。私は再び彼にバレないようにそっと息を吐く。

「わかりました。では、すみませんが手に触れてもいいですか?」
「勝手にしろ」

ちなみに私の職業とは『占い師』だ。
実はわりと由緒正しき家系のその末裔だったりする。
どうしてそんな私がこういった場所で仕事をしているのかはまたの機会にお話しするとして、今夜最初のお客さんはまともにこちらへ顔を向けてはくれないが薄紅色に染まった頬が色っぽい、整った顔立ちの男となった。所謂、イケメンさん。
普通に出会っていればときめいていたのかもしれないほどのイケメンぶりだが、ふてぶてしい言いぐさには普通にイラっとした。でも落ち着こう。私は仕事中でお客様は神様である!「どうせ、当たりっこねぇしな」「…」。いや待て、やはりイラっとする。「こんな胡散臭ェもんに金を払うヤツの気が知れねェ」「…」。…何だか腹もたってきたな。「どうせ当てずっぽうなんだろ?」「…」。うん、やっぱりこのお客さん、嫌な奴だわ。

でも、そう言われることにも慣れている私はそれらの感情を抑えながら男の手にそっと触れた。
何と今日はちょうど私の調子≠ェすこぶるいい日なのである。
かなりの力を持っていたらしいひいばぁちゃんの血をきちんと受け継いでいるんだと感じられる瞬間というものが、血がずいぶんと薄くなっている子孫の私に時々やってくることがある。
今宵がまさにその日だった。
嫌な奴相手でそのタイミングなのが若干癪ではあるが、その日であれば私は相手の情報が何もなくとも手に触れさえすれば視えてくるものがある。

私が目を閉じて集中すると、男の手を通して様々な物が私の中へと流れ込んで来た。「え?お医者さんなんですか?」。そこで垣間見えたものが割と意外で(だって、かなりこの人、人相が悪い)思わず声をあげてしまうと男の手がピクリと動き、小さく息を飲みこむ音がした。でも、こんなのまだ序の口だ。

「失礼しました。あなたはお医者様のようですね。…外科医、さんでしょうか?メスを持つ姿が視えました。…どうです?」
「…」
こういう場合の沈黙は肯定。
触れた手が少し強張ったのもわかって、私は心の中でくすりと笑った。

「職場やその他の場でたくさんの人に慕われていますね。ああ、何だか崇拝に近いです。この紙を書かれた方は特にその思いが強くて、残留思念の色彩がかなり好意的です」
「…」
「…あと…、昔大病を患ってましたか?もう完治しているようですが。…その影響でもしかしたら少し肌が弱いかもしれません」
「…」
「あ。そういうのはいらないんでしたね。余計でした。あなたが幸せになれるかどうか。…視てみます」
「…」

男の視線がまっすぐ私へと向けられているのがわかった。私がこれから言おうとすることを、息を詰めて待っていることも。
私はスッと目を開いた。
その先ですぐさま彼の切れ長の瞳とぶつかるも、私はその斜め後ろにあるひと際鮮やかで柔らかな色みに視線を送った。
こんなに優しい加護の色は久しぶりに見る。
それはさっきまでの腹立たしさなんて忘れ、思わず微笑んでしまうほど。

「幸せ、とは人により様々ですけど」
「…」
「あなたの側にいる人≠ェ、あなたを強く守っていますので、小さな困難はそのひとが払ってくれるんじゃないかな、と思います。だからきっといい人生になるでしょう」
「…」
「その人、あなたのことをとても大切に思ってらした人なんですね」
「…」
「とても温かな思念となって寄り添ってますよ」
「…」
「あと…、あ…。でも、信じてないんですよね。残念で…あッ!あ、あのー」

…と。これ以上言ってもまた何かと難癖をつけられるだけだと思って口をつぐみかけた私の手を男が急に握りかえした。
彼は小さく目を見開かせ私のことをじっと強く見つめている。
怒った顔では決してなく、それは切なげに揺れる瞳をたたえた…何とも言えない表情だった。


「…続けろ」
「時間がないと言われてませんでしたか?」
「聞きてェ」
「…」
「頼む」


アルコールの匂いを薄く漂わせながら、小さくも強いその言葉。けれどどこか寂し気なその声は、卑怯なくらい甘やかに、切実に、夜の街に響き渡った。

これだから、イケメンは…

心の中でそっとため息。
嫌な奴であることは十分にわかっているはずなのに、いささか熱い大きな手が再びキュ…と私の手を握るその行為にドキンと胸が高鳴ったことは否めなかった。


「わかりました。…じゃあ、手はそのままで」
「ああ…」


しかも断ろうにも残念なことに他のお客さんがいないのだ。


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