超短編!〜平成 | ナノ
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ある平和な…D

ある平和な病院に入院している、かつてブイブイ言わせてたっぽい患者さんの話




晴れた日差しが降り注ぐ中庭のベンチのひとつに近づいて座ると、元々そこにいた彼が少しだけ鬱陶しそうに私を見遣った。
なので「まあいいじゃないのここしか空いてないんだし!」と言ってやると、彼は目を細めながらささやかに睨んでもきたので私はフフ、と笑いながら周りの光景を顎で示してもみせた。
天気の良い午後ともなると、外のベンチは患者さんや見舞客などで大体が埋まるから今現在空席はほぼない状態なのだ。
彼はちらりと周囲を見渡しそれを確認すると、あきらめるしかないと悟ったのかその後はふん…と顔を背け黙って目を閉じ首をすくめた。私は浅く座っていた態勢から座りなおして背もたれに身体をしっかりと預けると、肩先をチョイチョイとつついてそんな彼の注意を促した。

「ねえねえ。寝ちゃう前に聞いてよ、この間来た患者の話。その人さ、とっても気難しくてまともな治療をさせない老いぼれ頑固ジジイなの。はっきり言って病気は末期でねー。完治は絶対に無理。それをわかってるからなのかな?ほとんど何もさせやしないのよ。退院させろの一点張りで」
「…」
「こういう時どうしたらいいと思う?ゴチャゴチャ言ってねえでこっちの指示に従え!って言うべき?ガツンと言えばちょっとは態度が変わるかな」
「…」
「それとも私っぽく、治療しようぜ!って言いまくってみようか?」
「…」
「ふー。無視ですか。自分で考えろってやつ??というか、その頑固ジジイ私の担当じゃないんだけどね!!チョッパーくんが手こずってるから助言してあげたいってやつなのさ。私、一応あいつの上司だし?彼いつも頑張ってるからどうにかしてあげたいんだよ。最近何かと彼には世話になってるし、第一助手もずっとやってもらってるし」
「…」
「もー!!何とか言ってよ!!このこのこのーーー!くすぐっちゃうぞ?えーい!コチョコチョ!!」
「…」
「何その顰め面!ちょっとくらい笑ってくれたっていいじゃん!いっつもクールだよねぇ〜つまんな〜い。ハグしてあげようか?ん?チュッチュッ♪それともキスしてあげよっか?んーー♪」
「…お前、本当に凄腕の医者か?」

すると心底呆れかえったため息交じりの声が聞こえたので、私は彼の喉元をくすぐっていた手を止めてクス…と笑った。「世間ではそう言われてまーす」。そしてそれに明るく返答すると、隣にある別のベンチにてふんぞり返っているその人ににこやかな笑顔を向けてやった。その手にはなんと酒瓶。噂にたがわず本当にどうしようもない患者さんである。

「さんざんおれの悪口言った挙句、終いには病気が末期だとまで言いやがった。あり得ねえ医者だ」
「きっと感づいていると思いましたから」
「ハッ。生意気な小娘だ」
「ああ、今日も白いおヒゲが素敵ね」
「そりゃそっちの奴のことか?それともおれか?」
「さあ?」

私は真横で丸くなっている彼の頬からぴょこんと伸びているおヒゲを指先でつついて弾いてみた。しかし残念ながら彼はそれがお気に召さなかったらしい。彼は私を睨みつけながら顔をひどく顰めると、立ち上がってふわり…、ベンチから駆け下りてタタタ…とどこかへ行ってしまう。まるでチョッパーくんの大好きな綿あめが転がっていくみたいに。雪みたいに真っ白で、ふわふわしたその子。

「さて!いい加減観念しようジジイ。お酒飲むのやめて延命治療、しようぜ!」
「動物相手に話してるような頭のおかしい医者の言う事を患者が素直に聞くと思うか?」
「まともな医者の意見を聞かないんだもの。イカれた医者の言う事なら耳をかすかなと思ったの。ほら、私まだ若いし?ジジイにとってはまるで孫みたいでしょ?ああ!自分のせいで孫が悩んでおかしくなってしまったかわいそう!…とか思わない??」
「フン。言ったろ?おれにはやらなきゃなんねぇことがあるってな。ここでのんびりしてる暇はねぇんだよ。どうしても治療したきゃここを辞めておれの船の船医にでもなれや。報酬ははずむぞ?」
「え、ホント??いくらいくら??アハハ!でも、ダメダメ!!私ここにいなくちゃならないんだあ!」
「…へぇ」
「聞いたんだけど、ジジイは血のつながってない人間を家族としてとても大切にしてるんだよね?実は私も同じなの!ここは私の家≠ナ、チームのみんなを私は家族みたいに大切に思ってる」
「…」
「それなのにさぁ、最近息子がひとり家出しちゃったんだよ。そいつが家に帰ってきた時にね。お母さん≠ェいなかったら、きっと寂しくて泣いちゃうと思わない?」
「グララララ。家出したヤツがいんのか。奇遇だな。おれの所にもいる」
「そうなんだ!」
「ああ。馬鹿すぎる息子で困ってるところさ」
「そっか。ちなみにうちの息子は優秀だよ」

頑固ジジイは私の言葉に小さく鼻で笑った。
その後ジジイは酒瓶をベンチへと置き、遠くにある別のひだまりで丸くなっている彼を見つめると意味深な笑みを浮かべながら、「あのネコをそいつに見立てて話してたってワケか」…と。くつくつ口の端を盛大に持ち上げながら何とそう言ってくるので「ハァ!?」、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。頑固ジジイはその反応に更に声を上げて笑った。点滴スタンドに手を伸ばしてゆっくりと立ち上がり、さもおかしげに顔をニタニタと緩ませたまま私を馬鹿にするようにずっと笑い続けている。

「お前の、ネコなのか?」

そして、眠っているらしいネコを指さしてそんなことを聞いてきた。…きっと答えが何であろうとどうでもいいと思っているくせに。
私はジジイに「野良猫」と小さく首を振りながら言った。最高に不快であることがわかるよう、眉を寄せ深いため息をハーーーと吐いてやりながら。本当に、どうしようもなさすぎる患者さんだ。

「でも、名前つけちゃったからもう少し仲良くなったら飼うつもり。あげないよ」
「へぇ?何てつけた」
「クマ」
「熊ァ?そりゃあのナリに似合わねえ強そうな名前だ」
「そのクマじゃないよ。…まあ、どっちでもいいけどね」
「へぇ。…じゃ、仲良くなりてぇならひとつ助言してやろう。誰か別の奴を自分に重ねられてるようじゃ、あれはいつまでたってもお前にゃ懐かねえ」
「!!ハ?!重ねてないって!あれは独り言!!」
「その人間がお前の好いてるヤツなら尚更だな。ネコは意外に嫉妬深い」
「ハァア!??な、何言ってんのこのクソジジイ!!意味わかんないし!」
「あと、お前の言った家出した息子」
「…。…何よ」
「お前がそんな色気のかけらもねえようじゃ、そりゃ家出して当然さ」
「ハアァ!?」
「側にいてもちっとも楽しくねえだろう?女は華やかじゃなくちゃなァ」

グラララ。
ジジイは私の頭のてっぺんから足のつま先までをじっくりと眺めながら、不出来であると言わんばかりに首を振ってきたので私は思い切り彼を睨みつけてやった。すると、急に酒瓶を取って投げつけられた。パシ…。ちょうどよく私の手元に落ちきたそれをかろうじてキャッチすることはできたが、その際自分の服の裾の汚れやシワなんかに気づいてしまった私はム…と思わず口をすぼめるしかなかった。女子力がまた低下してますよ。部下が最近そう言ってきたことを否応なしに思い出した。

そんな最悪すぎるジジイではあったが、彼はおもむろにもう一度私をじっくりと眺めまわすとニヤリと笑って「素材はいいじゃねえか」と唐突に私を褒めた。
「ハ!?」
「なんならおれがもっと助言してやろうか?あのネコのならし方。とりあえず、長く生きている分知恵はあるぞ?」
「そんなのいりません!ネコなんてエサあげて撫でてヨシヨシしてたらいつか仲良くなれるもん」
「なら、息子のほうはどうだ?」
「…なっ…」
「あっという間に家≠ノ戻ってきそうな方法、教えてやろうか?」
「…そんなの…い」
「でも条件がひとつある。おれがここにいる間、おれにいい思いをさせることだ。内容次第じゃあんたに最高の助言をしてやって…。…、ついでに延命治療とやらを受けてやってもいい」
「…」


その後ジジイは手の中にある酒瓶を指さして「預かってろよ」と小さく言った。
そして私に背を向けるとやはり楽し気に笑いながら点滴スタンドを引っ張ってここからゆっくりと去っていった。病室の方角へ。

私はジジイの残した酒瓶を持ち上げてそれを太陽にかざしながら「…」、もう一度ジジイの言った言葉を頭の中で反芻しつつ一人きりになったベンチでムムム…とごく自然に派手な唸り声をあげていた。
瓶の中にある小さな波が落ち着かなげにゆらゆらと揺れている。
本当の本当に……。あのジジイはどうしようもない最悪の患者でしかない。






マルコだよい。入院したオヤジが最近になってようやく治療を真面目に受けはじめたようだから、やっと俺たち全員が安心できるってやつだよい。何でも孫みてぇにかわいいと思ってやることにした女気のない医者がしつこく治療しろって言ってきたかららしいんだ。オヤジはそいつを船医にしたかったようだけど、その医者がクールでつまらない性格した猫みたいな息子≠フ帰りをその病院で待ってやらなきゃならないと健気に言うもんだから『なら、連れてはいけねえよなァ』…と笑いながら諦めていたよ。全く、意味がわからねえよい!…しかしオヤジを看るナースってのがどいつもこいつも美人ばかりで羨ましい限りだよい。あのオヤジのことだから担当する医師の弱みでも握っちまったのかもしれねぇな。一体どんな内容なんだか!さて、次回は「最強患者のアドバイス初級編」「女医の挑戦!まずはミニスカ・ヒョウ柄タイツ」「クマ、ついに女医の膝の上で眠る」…の三本だよい。じゃんけんぽん!ククククク。


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