超短編!〜平成 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
ある平和な…C

ある平和な病院に出入りする、とにかく明るい業者さんの話



院内に併設されているコーヒーショップへ空き時間を利用し久しぶりに行ってみた。それは泊まり込み明けの早朝にできたちょっとした休憩時間。店はオープンしたてでお客さんは当直明けの医者仲間が私の他にひとりかふたりいるくらいの閑散さであるが、そのほうが気楽にできるので利用するなら私はいつもこの時間帯だ。
カフェラテと一緒に買ったドーナツを食みながら、だらりと椅子に座って凝り固まった肩に手を当てそこをほぐしてみた。ほとんど毎日何時間も神経を使いながら細かい作業をしているからか本当に肩が凝る。すると、急に背後に人の気配がした。その後両肩にぽんと大きな手のひらが置かれそのままそこをグリグリと指先で刺激されたので「ギャ!」…思わず叫んでしまった。
「わ!悪ィ!!」
でもそれが聞き覚えのある声だったので慌てて口を閉じ叫び声は口内に閉じ込めた。
振り返ってみるとそこには店名の入ったポロシャツを着込んだ、ニコニコと笑う若い男がひとり。私はもう!と大げさに息を吐いてみせながら彼を少しだけ睨みつけ、でもすぐに彼に向かって同じくニィっと笑ってやれば彼はへへっと更に笑ってくれた。

「ちわーっ!火拳屋でっす!エマ先生すっげえひさしぶりだな!」
「もー、エースちゃんかぁ!!急に肩揉んできたら驚くし!!というか、本当に久々に会うよね。どのくらいぶり??」
「2か月くらいじゃねえの?!?やー、先生今日も疲れた顔してるなー!肩もバッキバキだったし」
「フハー、そうなのよ。才能ある医者故毎日大変なのさ。忙しすぎてマッサージ屋すら行けない」
「ハハ。そりゃなかなか会えないわけだ。なら続けて肩揉もうか??おれ、けっこう上手いぜ?」
「おー!じゃあ頼もうかな」
「おう、任せろ!」

エースちゃんはこのコーヒーショップに豆やら食品やらを搬入している明るくて爽やかな業者さん。ずいぶん長くここを出入りしているので自然と顔なじみになった。今よりはまだ私に自由になる時間があったころ、たびたび早朝に顔を合わせては彼と他愛もない話をよくしていた。引きこもりがちで単調な毎日を過ごす私にとって、彼のような外から来る(しかも元気な)人間と話す時間は自分がきちんと世間と繋がっている気になれるので貴重だ。エースちゃんは色々な場所に出向いているから情報通で、気さくな性格だから話もしやすい。流行りものについては大体彼から教わっていた気がするな…。彼は私にとっての貴重な情報源でもある。

エースちゃんはじゃあやるぞ!と大げさに腕まくりすると、さっきよりも真剣な手つきで私の両肩を手で包み指先をゆっくりと動かし始めた。「あああ…」。決して強すぎず、かといって弱すぎもしない絶妙なその動きに思わず悶絶してしまった。「いい!すっごくいいっ!!ヤバい!すっごくイイーーー♪」、とかなんとか大げさに言ってたら少し離れた場所にいた医者仲間がギョッとした視線を送ってきた。「そう?ならもっとだ!」「あーーー」。その後も静かなコーヒーショップに私の変な声がこだました。エースちゃんはそんな私にニシシと嬉しそうに笑い、医者仲間は何だか恥ずかしそうに俯いていた。

「ヨッシ完了!どう?結構ほぐれただろ??」
「あーーーきっもちよかったぁ!!お店出せるよエースちゃん」
私がほめてあげるとエースちゃんは鼻の下を指先でこすりながら照れ笑いした。
「このくらいならいつだってやってやるよ!」
「ホント?!なら頻繁にここに来ないとな」
「何なら病院の部屋まで行くよ!入って大丈夫なら」
「あー、それよりもエースちゃん。このダブルチョコドーナツさー、人気あるからいっつも昼頃には売り切れてんのよ。だから明日からわざと多めに誤搬入してよ。いつもの倍量くらい」
「えー!それって火拳屋の信用に関わるんだけど!!というか、言ってくれれば個人的にエマ先生のところにお届けするぜ?」
「持ってきてくれるのはありがたいけど、そうしたら私ますます外へ出向かなくなるよ」
「あ!ならさ!今度空いてる時一緒にメシでも食いに行く?おれいい店知ってるからさ!エマ先生そこ連れてってやるよ!!」
「…たかる気?医者は高給だと思われてるもんね」
「たからねーよ!おれの奢りだ!」
「え!本当??それならいいねえ」
「よっしゃ決まり!!!なら、メアド教えてくれ!連絡すっから」
「あれ?私エースちゃんの連絡先知らなかったっけ?」

いそいそとポケットからスマホを取り出すエースちゃんに、ずっと知り合いだったのに連絡先も知らなかったの?と首をかしげながら私もポケットからスマホを取り出した。
「そうだよ、聞こうにもなかなか聞けなかったんだ」
そう言われながら画面に表示させたリストをスライドさせていくと、そこにエースちゃんの名前はない。かつては週に何回も会ってたっていうのに。そう、何回も。「…」。そう思うと、私の指先はリストの更に先を見るために自然と画面をスライドさせていた。

「だって、いっつもエマ先生の隣にはおれを睨みまくる怖い先生がいたからな」
「…」
「今日はソイツいねぇのな。エマ先生ひとりだから珍しいと思ったよ」
「…あいつはもうこの病院にはいないよ」
「え?そうなんだ?!」
「うん。別の病院に行っちゃったの」
「へー!そりゃ、何というか、チャンスだなおれ!」
「…」

スライドさせた先のリストにはエースちゃん同様そいつの名前はやっぱりなかった。
だってもうほとんどと言っていいくらい毎日顔を合わせていたんだもんね。個人的な連絡先など知らなくても支障はなかったし、だから当時はそんなこと気づきもしなければ、多分、…知ろうともしてもいなかった。
でも…、今は。

「あ、呼び出しだ。行かなきゃ」
「ええ!ちょっと待ってよエマ先生!せめて、」
「ごめん!緊急ぽい!!また今度」

すると、それに悄然する間も与えない無機質なベルの音が突然に聞こえてハッとした。こちらの気を焦らせるしかないそれに、けれど、今日だけは何となく救われた気持ちになっているのだから思わず小さく苦笑もした。
私は急いで席を立つとドーナツを口にくわえてラテのカップとスマホを持つ。「ふぁいふぁーい!」。エースちゃんに手を振って、すぐに踵を返すとエレベーターのある方向へと走った。いつになく急ぎながら。

そしてそんなぁーというエースちゃんの声はあっという間に靴音に紛れて聞こえなくなり、私のわずかな休憩時間はあわただしく終わりを告げた。







エースです。眠たい中カフェへ商品搬入に行ってみるとそこで久々にエマ先生に会えたんだ。そしたら眠気があっという間に吹っ飛んでいったんだから人間ってのは単純だよな!しかも今日は常にエマ先生の横にいてあーだこーだと難しい医学の話をしまくってはその合間に俺を無言で睨んでくるエマ先生のオペチームの男がいなかったからかなり話しかけやすかったぞ!…え?何ナニ!?ソイツもうこの病院からいなくなったって!?なら、まるで鎖のついていない獰猛なドーベルマンみてえなその男がいねえ隙に、ずっとできなかったデートのお誘いをするっきゃねぇな!おれ、本気で頑張ります!さて、次回は「ちょっと話してただけなのに!投稿されたサボり=i雑談)の現場!」「UPしたやつ絶対に許さねえ。火拳屋の炎上」「エマ先生、なぜかマッサージチェアが当たる」…の三本です。じゃんけんぽん!トホホホホホ…。


prev index next