超短編!〜平成 | ナノ
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優しい香りが満たす夜

会社から家に帰ると玄関横の窓が明るいことに気が付いた。
その途端に(まだ居る…)とそのことを小さく不満に思いながら顔が歪み、けれど、それと同時にあたたかな部屋が自分を迎えているのか…ということにほのかに安堵してしまっている私がいた。
あたたかい部屋、と言っても居候が遠慮からか自らエアコンを操作することはないので中が外気温より高くなっているわけでは決してない。ただ部屋の電気がついているだけ。それだけなのにそう思える。
今までは冷たく真っ暗な空間に迎えられていてそれは当たり前のことであったしそもそも私はそれに慣れていた。
けれど、ある日突然奇妙としか言えない人物が現れここに住み始めたという人生の変化がもたらした結果はとても大きいみたいだった。

…ただいま

ドアの鍵をあけて小さく呟きながら玄関に入り、廊下と呼ぶには短すぎるそこをコートを脱ぎながら歩いて部屋へ入ると居候がコタツに入り込んでいる姿が目に飛び込む。
「…テレビ見てたんだ」
コタツの前の小さな薄型テレビはドラマの再放送か何かを映していて、そこからは男女が楽しそうに話す声が聞こえた。けれど居候はそれを見つめているわけではなく、頭は机のほうに下がっていて静かだ。どうやらいつの間にか寝てしまったらしい。きっとテレビを見ていたらコタツの心地よさに負けてしまったのだろう。
『この不思議の国は男の料理人のニーズが高いな』
料理番組と通販番組。その二種類の番組がお気に入りである、少し前に道端で出会ったこの金髪ヘアーのスーツ男は様々な番組を見てそう言いながらフフ…と嬉しそうに笑っていたっけ。そして彼は自分の帰るべき場所をはっきりと告げないまま何だかんだで私の部屋にずっといる。

(早くいなくなればいいのに…)

深いため息を吐きながら心の中でそう思うも、キッチンに向かう際に自然と足音を立てないようにしている自分に気づいてク…と自嘲気味に笑った。
そして、小さなテーブルの上に置いてある、見ただけで温かいとわかる何かの料理が入った鍋とその側に重ねた二枚のお皿に気づけば、「…」、肩を落としながらもそれをじぃ…と見つめてしまった。

(…今日の料理は何だろう…って思ってしまった…)

妙な人間、しかも成人男性が一人暮らしの女性の家にいるなんて正直おかしいし、危ないとしか言えないだろう。
けれど居候がここに来た初日に披露してきた抜群の料理の腕前に思わず舌がうなってしまった私は、途端に胃袋を掴まれた挙句その後供される数々のおいしい料理に(いなくなればいい…)と思いながらも(このままでもいいかも…)と考えてしまっているのも確か。
友人知人家族がこの状況を知ったなら皆慌てて私を諭すだろう。
何やってるのあなた異常だよ。すぐに追い出しなさいそんな不審者。
そう言う姿が簡単に頭に浮かんだ。

そっと鍋のフタを開けてみると中には寒い夜にはありがたいほかほかと湯気のあがるクリームシチュー。
白くとろりとした液体からのぞいている赤や緑の野菜を見れば心が和んだ。
シチューなんて大量に出来上がって持て余してしまう料理しばらく作っていなかった。
けれど住人が一人増えただけでこの量に全く嫌味を感じなくなってしまうのだから不思議だ。


こんな事慣れたくない、


そう思う。でも…

「お帰り。不思議の国のレディ」

静かな部屋に囁くように呟かれる、いつの間にか起きたらしい居候の穏やかな声。お帰り、だなんてずいぶんと聞いてない久しい言葉だ。その音色すら温かいと感じてしまう。
そして居候は私のコートを自身の身体から取り去りながら後ろから私へとかけてくれた。「俺よりも君のほうが寒そうだ」。くすりと笑ってそう言いながら。…また、寒さが和らいで温かくなる。

「今晩は特製シチュー」
「…」
「そしてデザート付き」
「…」
「君のお陰で生クリームを添えられるな」
「…添えないで。太るでしょ…」
「なら明日の朝ごはんに使おうか」

サンジ、と名乗った居候は私が持っていた買い物袋の中身を見て笑いながらそう言った。私の手から優しく荷物を取り去って、他の食材にも目を通せば更に口角を上げていく。

慣れたくないんだ。本当は。

誰かが家にいることに安心してしまうこの思いも、サンジが喜ぶからと冷蔵庫に必ずバターや生クリームがあるよう気遣ってしまうことも。

「別に…寒かったらエアコンつけてくれてもいいんだからね」
「そう?それはありがたい」

けれど今の季節はとっても寒くて寒くて嫌になるくらいだから。
それが落ち着くまでは…、こんな日々を手放したくない…だなんて何故か思ってしまうから。

だから私はシチューの鍋をコンロに置きながら小さくくしゃみをしたサンジの背中にそう告げた。私の言葉に振り返って笑った彼の視線からは目を逸らしながら。

そして気づけば私は部屋に漂い始めたシチューの匂いにふ…と子供のように鼻を動かしていた。
それはとてもとても優しい香りで、この部屋全体にゆっくりと満たされていく。



「それにしても、コタツ≠チて危険な暖房器具なんだな。まさか抜け出せなくなるとは思ってなかった」
「…(もしかして…コタツを知らない??)」
「持って帰りてぇな」
「…どこに?」
「船」
「…(ホストじゃなくて、船乗り??)」



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