超短編!〜平成 | ナノ
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阻まれた渇欲

とにかく酷い1週間…だった。
安定しない気候の海域に入ったせいか、嵐が続き気なんか抜いていられない毎日。そんな中でも容赦なく襲ってくる海王類や海獣への対応。いつ現れるかわからない敵船や海軍への警戒。故に24時間気を張り続け、ゆっくりと食事をすることもままならず、ましてや睡眠をとるなんてもっての外の中クルーと一緒になってバタバタと常に走り回って行動し、そして今朝その海域からやっと抜け出すことができたのかようやく穏やかな波と暖かく眩しい太陽の光をこの目にして全員が疲れ切った顔をしつつもホッと安堵の息をついた。
俺はハァ…と深いため息を吐きつつ疲労度合の高いクルーから優先的に休むように指示を出し、自分も悪いが横にならせてくれと伝え、鉛のように重い身体で船室へと入った。
ずるずると足を引きずりながら、眠る前に何か水分でも取ろうか…と食堂に途中寄る。
そこで偶然エマと会った。
彼女もまた疲れ切った顔をして椅子に座っていたのだが、俺の姿を見つけるとそんなことなど感じさせないようなきれいな笑顔を浮かべてくれたので自分の酷い疲労が多少癒された。


…そしてこんな状態であるにも関わらず、途端に身体中に湧き上がってくる欲求があった。
どうしてだろう?男という生き物は。すぐにベッドへとダイブしてとにもかくにも睡眠を…というよりもずっとずっと優先してやりたいことがある。そう…文字通り、ヤリたい…。
男が極限まで疲れると、どうしてだか精を吐き出したいという欲求が強力なものへと変化するのだ。それは恋人であるエマを目にしてしまったことで更に激しくなってしまった。彼女も同じく体力が落ちた状態であるのだからこれから俺が彼女をベッドへ誘ったところでそれを拒む事など容易に予測できるのだが、どうしようもできないこの渇欲は…簡単には男は消せない。だからどうにかして俺の部屋に誘い込んで拒んでも厭がっても宥めすかしてどうにかして…。どうしてもヤりたいがために疲れた脳内でそのことばかりを考え続けていると、エマがカチャリ…とカトラリーを皿に当てる音が聞こえた。

「疲れちゃったから…」

そして言い訳するようにそう呟いた彼女が照れたように見つめた先の皿にあるもの。俺はそれを見ればう…と思わずたじろいだ。
その真っ黒い塊はいつも彼女が3時に口にする一切れの倍以上の厚みをもってして白い皿の上に鎮座している。同時に俺はとある日にコックがそれを作る作業を何の気なしに眺めた事を思い出していた。
溶かしたチョコレート、溶かしたバター、更にはたっぷりの生クリーム。それだけでも充分であると思うのに、その中に次いで加えられるのは大量の、大量すぎる砂糖。それプラスほんのちょっとの小麦粉。それらを混ぜて混ぜて、するとキッチン全体は甘い匂いでいっぱいに満たされて、エマはそれに始終嬉しそうに鼻をヒクつかせては焼き上がったガトーショコラをにんまりと笑って見つめていたっけな。…対する俺はそのゲロ甘い空気だけで死にそうなくらいに気分を落としていたけれど…。
そう。
俺は何を隠そう甘いものが匂いの時点から大の苦手なのだ。


「くううーーーおいしいッ!疲れた時には甘い物だよね!!ロー!」


いやそれよりセックスだろ…とそう思う俺の目の前で、エマはフォークで切り分けた大きな一切れにケーキ自体にも入っているのに何故か添えた生クリームをたっぷりとつけてはそれを悶絶しながら食べていた。しかも酷いのはお供の飲み物。それはミルクティーで、彼女はきっと…砂糖を入れている。ケーキが甘いんだから飲み物くらい何故コーヒーのような苦いものにしないんだ?…と俺は常にそれを疑問に思っている。けれど彼女はそんなこと気にもならないのかケーキを咀嚼した後甘そうなミルクティーをひと口飲んでまたくうーーーと悶絶していた。


ああ、クソ。
今キスしたら絶対にゲロ甘い。というか、もうその想像をしただけでゲロ甘い…。
キスをしないまま行為を終えることももちろんできるが、エマはそんなセックスなんてしたら絶対に怒って拗ねるに違いない。…そうなったらやっかいだ。でもシたい。でも甘いのは嫌だ困る。ああ、でも究極にシたい。…でも甘いのは絶対に…嫌だ。

そんな俺の激しい葛藤など知りもしないで、エマは再び大きなガトーショコラの塊をフォークで切り分ければそれを口に運んで「くぅうううーー!」と眉根を寄せて目を閉じ、こちらからしたら扇情的で悩ましげな顔としか言えない表情をして悶絶していた。


クソ…。
できることならベッドの上でその顔を見たいってのに…。
けれどどんどん甘く味付けされていくあの唇に口付けて、チョコレートみたいな彼女を食う事は…正直かなりの勇気がいりそうだった。
…あああ。要するにお預け。
なので俺は畜生としか言いようがない。

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