超短編!〜平成 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
君は花

今日もありがたいことに俺のいるハートの海賊団は平和な環境の中ポーラータング号を運行させていて、相変わらずの船長とエマの姿を見ては心の中で笑わせてもらっている状態だ。
船長がエマを大好きであることなんてもうずいぶん昔からの周知の事実なのだが、残念ながらそれはエマを除いた全員…というのだからもしこの潜水艦に存在する不幸を述べよ、と誰かに言われたなら皆が口を揃えてこの事を嘆くであろう…とそう思う。
如何せんエマは超をつけていいほどの鈍感で、それは昔からずっとそうであり、今の所改善する見込みはない。なので我らが船長はあらゆる方法で彼女の気を引こうと躍起になっている毎日なのであるが、まあご想像の通りと言いますか、そのアピールのほとんどは意味をなさずに彼女を素通りしていっているのが現実。

『エマは小さくてかわいいな』
『ずっとお前を見ていてぇ』
『髪がサラサラして気持ちいい』

…などなど。
そんな事を言いながらエマの手に触れたり、顔をじっと見つめたり、そっと髪に手ぐしを通したり。そうやって毎日頑張っている船長なんだが、彼女の対応はこうである。

『そうなんですよー。だからこの間アメのつかみ取りの時10個しか取れませんでしたー』
『ダメダメ!現実にも目を向けてください!!そろそろ財宝でもサルベージするか敵船から金品奪わないと財政が危ないですよ!?』
『あーでも夏島だと鬱陶しくて…。切ろうかなぁ。船長、鬼哭でスパッと切ってください』

などなど!
…とにかく、こんな風にエマが船長の必死の努力を全くの素の状態で威力無効にしていく姿は時に苦笑を誘い、時に船長を限りなく気の毒な男に思わせる。けれど残念ながら俺たちはこんな彼らを見ているのが好きであるから正直言って性質が悪いのはエマではなく俺たちなのかもしれない。時に殺伐とした空気で満ちる海賊船において彼らのやりとりは究極の癒しであり、だからほんの少しだけ彼らは恋人同士になんかならずにもうしばらくはこの状態を続けていたらいいだなんて思……って、いやいや。今は航海日誌の記載中であった。とりあえず仕事に集中しなければ。


○月×日 天気:晴れ 気候:春島の夏
今日は朝から晴れているので潜水艦は海上運行とする。昨日まで長く続いていた雨により水は十二分に確保済。このまま我々は次なる島を目指し…


…。
と、そうしていたら朝ごはんを食べているエマの元へ随分と起床の遅かった船長がやってきて隣へと座った。となると、思わず彼らのやりとりに注目してしまって思考も働かず手も動かなくなってしまうのだから俺はとりあえず一旦ペンを置いた。


「おはようございます船長!」
「ああ。エマは今日も元気だな。お前の笑顔を見てると俺まで元気になれる」
「コックさーん。船長の朝ごはん!パン山盛りで♪ふふふっ」
「…おい」

朝から華麗に船長の言葉をナチュラルスルーしたエマにやっぱりなぁ…と思いながら口元を緩めた。しかし我らが船長がそのくらいでめげるわけなんてなく、すぐさま次の口説き文句を言い始めた次第なのだが、何と、…何と!!珍しくエマがそれに反応を示したものだから俺を含めその他周りにいる全員が驚きから思わず食事をとる動作をとめたり、作業する手をゆっくりにさせたりして全員が耳をそばだててしまった。
最近は遠回しの言葉だと彼女にてんで届かないことに気づいた船長であるから、言う台詞がかなりストレートになってきているのでこちらとしては聞いていてギクリ・ドキリとする場面も多いのだが今回はこれまたクサい!

「…エマ、いい匂いするな」

ヒク…と思わず鼻をひくつかせた船長が何気なさそうに言った言葉に、エマが「本当ですか?」と顔をほころばせ、朝食のプレートから顔を上げて船長を見つめた(彼女にとって食事>船長であるはずなのに!)。「花の匂いのこと、です?」「…ああ」。首をかしげてそう聞いた彼女にすぐさま船長が頷くと、エマは更にぱあっと笑顔を明るくさせたので船長が少しだけ嬉しそうにしたのがわかった。

「今まではしなかったよな。何か新しいの買ったのか?」
「そう。そうなんです。よかったぁ。船長もこの匂い好きだったらいいなって思って買ったから」
「そ、そうか。いいと思う。好きだ。スゲェ、こう、安心できる香りだ。思わず抱きしめたくなる。それに…寝るときに間近で香ったらよく眠れそうな気もする」
…ブッ。
…と。ここで静かに聞いていた俺の隣にいるシャチが思わず吹き出しかけたので俺はテーブルの下でやつの足を思いっきり蹴ってやった。船長は至って真面目に彼女を口説いているんだからな。それを笑うなんて彼を敬愛する俺たちクルーにあるまじき行為、だろ?しかし幸いなことに二人にはシャチの失笑など聞こえなかったらしく会話は止まることなく続いていた。

「本当ですか??安眠に繋がる匂いなら…尚の事イイですね」
「それに…なんだか腰にくる匂いだ。ゾクゾクする、な」
「腰に?ゾクゾク??……風邪の引き始めじゃないんですか、それ?」
「…いや、言い方を誤った。人を引き立てる香り、というのか?エマの魅力が際立つよ」
「わー。それはいいですねぇ」
「お前から好きな匂いがするとか、ヤベェな」
「じゃあいい買い物しましたね、私!ああ、船長朝ごはん来ましたよ。じゃ、私洗濯の続きしてきます」
「え…エマ、もう行くのか?」
「洗濯物がまだまだいっぱいあるんです!せっかくのお天気だから今日全部やっちゃわないと!!あ、そうだ!新しい洗剤、次の島でも必ず買い足しときますね!」
「…は?」

コックができたての朝食をトレイに載せたものを船長の前に置いたとき、エマは明るい顔でそう言うとよいしょと席を立って船長にぺこりとお辞儀をし颯爽と食堂から小走りに去って行った。そんな彼女から淡い花の香りがふわりと漂って、それを嗅いだシャチはクク…とやっぱり笑い始め、残念ながらそれを静かに叱責した俺でさえついには堪えきれなくなって「ッブハハ!」と、とうとう声をあげて笑い出してしまった。
そうなるともうお終いだ。食堂にいた全員がコックを含めてワッハハハ!と大声で笑い始め、だから船長だけが置いてけぼりをくらったかのようにこの状況に顔を歪めて一人解せないという表情をしている。


外は晴天。溜まりに溜まった洗濯物を干すには絶好の日よりであり、朝食をとる前にエマが嬉しげに洗濯に勤しんでいたことを寝坊した船長は知る由もないようだった。


「俺…、明日から船長を安心させられそうです」
笑い続けるクルーを困惑を通り越した奇妙な顔で見回す船長と目が合った時、俺はクツ…と笑いながらそう言った。
「俺の事…抱きしめてもイイっすよ?」
とシャチ。
「キャプテン!安眠の手伝いになるなら、おれ一緒に寝てあげてもいいよ!」
とベポ。

「…」

それを聞いて顔を引きつらせて絶句する船長。
「俺らも船長をゾクゾクさせちまったらちょっと…気が引けますねえ」
俺は更にそう言いながら食堂の窓から見える甲板を指差してそこへと彼の視線を移させた。そこには前の島にて花の香りがいい匂い!…と言って買った新しい洗剤をタライに入れて楽しそうに洗濯するエマ。そしてその背後には俺たちの大量の洗濯物が潮風にはためくその光景。


「おれ達全員、明日から同じ香りだよっ!キャプテン!!」


ベポが追い打ちをかけるように無邪気にそう言った。
首を捻ってそれらを確認し事態をようやく把握した船長が「テメェら全員……覚悟しろ」と言いつつ危険でしかない顔してこちらに振り返ったのはその1秒後。


このまま我々は次なる島を目指し……だがその前に我々は天に召されるほうが早いようである。まだ死にたくなかったな。


俺を含め、この場にいる全員が船長の殺気にぞわりと身体中に悪寒を走らせる中、俺は日誌の最後にまるで遺書のようにそう走り書きをした。
彼を満足させた香りであっても、さすがに男が漂わせたところでその存在を引き立て大切な人間だと船長に思わせることは決してないらしい。…まあ、そうだよな。そう思いながら目を閉じた。





**

五万打記念の作品を書いていたときにできたリクエスト内容に沿わなくてボツとした作品なり。

prev index next