超短編!〜平成 | ナノ
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なら週末に本気出す

小さな病院でその音は、四方八方隅々にまで響き渡ってしまう気がする。

「ゴホッ…ゲホッ…」

午前中の最後の一人の診察を終えたロー先生は、患者さんが診察室のドアを閉めた途端に今まで堪えていたのか盛大な咳をした。私はそれを見てはーと呆れた。

「…全く!そんな姿晒しちゃって…。下手したらこれから患者さん来なくなっちゃいますよ!!風邪っぴきの医者がいる病院なんて!医者の不養生って正にこの事ですね」
「…あー…喉痛ぇ…」

マスクを外してゲエゲエ言いながら、ロー先生はまっすぐ椅子に座っていたその姿勢をだらりとさせ苦しそうにそう言った。
この先生はいつもそうなのだ。
季節の変わり目。朝晩の気温がぐんと下がる今の時期、彼は大抵体調を崩してあっという間に喉風邪を引いてしまう。
昔から代々続くこの小さな個人病院を今まさに背負っている若き医者・トラファルガー・ロー先生は、代わりの医師がいないせいもあってか喉風邪程度では病院を閉めたりなんかしない。そんな先生に診察されるなんて嫌な顔をする人が少なからずいるだろうと思うんだけれど、地域密着型であり昔からここに通ってくれている人が外来に多いこともあってか、患者さんはそんな彼に苦笑いを送れるほどに心が広いから助かっている。それにきっと先代先生の人徳もそれに大いに貢献しているのだろう。ロー先生のお父さんの人の好さは、幼少期にここを掛かり付けとしていた私もよく知っていた。(だから大人になって看護師になった私はここに就職したのだ!)

それにしてもどうして!どうして男ってば、テレビや新聞やらで冷え込みますよ!…という忠告を散々されているにも関わらず「なら寝間着を長袖にしよう」とか「布団を一枚増やそう」とかいう発想がないんだろう??
今朝、肌寒い気温の中目覚めた私は嫌な予感と共に出勤し、案の定ゲホゲホ言ってるロー先生の「昨日は薄着で寝てしまった」発言にやっぱり…と盛大に溜息を吐いてやった。しかも、それを咎めてみれば…
「ならお前、今夜は長袖にしとけって言ってくれればいいのに」
…だなんて意味不明な事を言ってくる。

「あー、ハイハイ。もうっ!いつもそうですよね先生って!前なんてアイロンの当たったワイシャツがないからって私にさせるし!それってどうなんですか?!それに日用品のあれこれが無い時に私に買ってこいって言うのも変ですよ!!私はロー先生のお母さん≠カゃないんですからね!!」
「あー、そうだな。母親、はねぇよな。ケホ…。で?今日の弁当は何だ?」
「ハイ!どうぞ!!これもいい加減にどうにかしましょうよ!私にお弁当ねだるより恋人に作ってもらってくださいって!」
「恋人はいねぇって言っただろ。ゴホ…」
「ハァアアア…もう…ホント寂しい20代ですよねぇ。涙ぐみそうです」
「お互い様だろ?」
「あーもう!!そうですよ!!はいはい!!私も独り身です!!この病院に看護師は私だけ!!あり得ない忙しさです!!そんなの作る暇もない!あーあ!仲間が欲しいなぁ〜!」
「無理だ」

私はロー先生の手にお弁当を渡しながらそう叫んだ。彼は看護師増員案をすぐさま容赦なく突っぱねるも、けれどお弁当は当たり前のようにしっかり受け取ってニヤっと笑った。
そう。この人ってば体調管理ができなければ、栄養管理もできない人なのだ。
ここに勤務しはじめてからずっとロー先生はお昼ごはんにカップめんを食べていた。…なのでそれを見ていられなくなった私はある日自分のお弁当を先生に進呈し、するとそれを喜んだ先生が「これから俺のも作ってこい」とこれまた容赦なく命令したせいで、その後ずっと私は毎日二つお弁当を作っている。
一つよりも二つのほうがお弁当は作りやすい…という事は事実だからその事は決して苦ではないのであるが、それを食べて満足してる彼や他にもいろいろと私に頼ろうとする姿を見ていたら、このままこの状況にロー先生を慣らしてしまっていたらいつまでたっても彼に恋人なんてできやしないんじゃ…という危機感が急に襲った。

「あーロー先生、もう早いところ結婚しちゃったらどうです??お嫁さんもらえばきっと身体の事気遣ってもらえて風邪もひかなくなるしお弁当だって作ってもらえますよ?」
「そうだなァ…ゴホッ。…あー、なら、婚活とやらを本気でやってみるか…ゲホ…。病気になった時さすがに独り身はこたえる」
「先生なら引く手あまたですよ!一応イケメンですから!!知ってます?婚活パーティーっていうの、あるんですよ?今度情報誌持ってきましょうか?」
「それよりも、お前、弁当のお礼飯。今度はRCホテルの最上階にするか?」

すると、ロー先生がにこりと笑いながらそう言った。「えー!RCホテル!!?本当に?」。私は嘘でしょ?!と驚いたが、ロー先生は本当だ、と言って引き続き笑っていた。
毎日のお弁当のお礼に彼は週末の空いている時、私にお礼飯と称してお寿司やお肉や鰻などをご馳走してくれるのだ。日々節約人生を送っている貧民な私にはそのご飯はとても嬉しくてありがたくて、それ故に実はお弁当作りに日々力が入っている。けれどまさか高級ホテルのレストランに連れて行ってくれるなんて!!私の目は否応なしに輝いてしまった。

「やったー!行ってみたかったんですよ!!」
「そりゃよかった。ケホ…。ならおめかしして来いよ」
「ですよね!!きちんとしておかないと浮いてしまいそう!!」
「夜景を見ながらなら…、きっと最高にいいシチュエーションというやつなんだろうな」
「ほんと!ご飯も何割か増しでおいしいと思います!!…あ、でも先生それまでに風邪治りますかねぇ?」

私がそう言うと、ロー先生はニヤリと笑って「それまでには必ず治す」と言った。
俺を誰だと思ってる、医者だぞ?…だなんて。ゲホゲホ赤い顔して言われてもなぁ…って感じだった。
けれど一応先生である事だし大丈夫か!…と私は思い、手帳を開いて週末に☆マークを入れた。

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