超短編!〜平成 | ナノ
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海底へ新聞配達

「おはようございます。新聞ですよ」
「フッフッフ。待っていたぜ」

私がそう言って海楼石の格子を通りぬけ持っていた新聞を差し出すと、牢屋の中の人間が心底楽しそうに笑いながらそう言った。
笑う度にガシャガシャと揺れる手枷と足枷の音。
その人はサングラス越しに私を面白そうに眺めている。

「なあ、俺は手がうまく動かせねえ。昨日みてぇに最初のページだけ少し読んでくれねえか?」
「いいですよ」

私がそう言うと、その人は嬉しそうに笑った。「本当にありがてぇよ」…と、心の底からという具合にそう言ってその人はくつくつと笑い続けた。


私が囚人に新聞などの様々な物資を運び始めてもう何年になるだろうか?
イリュイリュの実を食べて幻人間になってから、こうやって私はインペルダウンのレベル6に収容されている危険な囚人に対して何かを運ぶ役目をいつしか仰せつかるようになった。
そして最近はもっぱらこの囚人の相手ばかりをしている気がする。ただの幻だから身の安全は確保できているというのに、いつも私はこの人を目の前にするとどうしても意に反して身がすくんでしまう。


「…ああ。まだそこまでの混乱は起こってねぇようだな。…フッフッフ。なあ、今日の天気を教えてくれよ」
「…新聞に天気の欄がありますよ」
「お前の口から聞きてぇんだよ。紙から得る情報なんてつまらねえだろ?特に自然に関することなんてなァ」
「…雨です」
「そうか。…季節は夏だ。瑞雨だな」
「ずいう?」
「…知らねえのか?夏に降る作物の成長を助ける雨のことさ。慈雨とも言うな。フッフッフ」
「…」


その人は私を少しだけ馬鹿にするようにするも、すぐに穏やかに笑い始めた。
「夏が終われば秋霖の季節だ」
そしてまた、私の知らない風流な言葉を言った。
彼はいつだって、こんな場所であるのに、拘束状態であるのに、私にそんなきれいでしかない知識ばかりをくれる。それがずっと続いている。



ああ。大参謀。
私はもうこの役目を続けることはできません。
怖いんです。
幻でしかない存在であるのに、この人は私に触れることすらできないはずなのに、けれど、私はまるで糸に絡み取られるようにしてこの囚人にゆっくりこの身を捕らえられ続けている気がしてならない。
そしていつしか彼のその目に外の雨を直に見せてあげたい…と、そう思ってしまいそうなんです。
…それがとても怖い。



「それでは失礼します」
「ああ。ありがとうなァ。…また、明日」



私は彼の言葉に必死で聞こえないふりをするしかない。
背を向けているはずなのに、けれどその囚人が笑った顔をこちらへと向け続けている事はわかって、私はぎゅっと目を閉じて唇を噛んだ。
外ではそんな私の気持ちとは裏腹に、瑞雨が喜ばしく降り続けている。


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