超短編!〜平成 | ナノ
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浴衣のロー

あんなにもうるさく鳴いていたセミの声が少しずつ消えていく夕方。私はどきどきと高鳴る胸を抑えつつ、駅前広場の指定された場所でその人が来るのを待っていた。

終業式に花火へ行こうと誘ってくれた彼、トラファルガー君。まさか私なんかが誘ってもらえるとは思わず、けれど断る理由なんてどこにもなくて、ただただその時は無言で首を縦に振っていた。そしてその時に日にちと待ち合わせ場所と時間を彼は言ってくれて、その後は特に何の連絡を取り合うこともなく今日という日を迎えている。
その間トラファルガー君と直接話すことも、ましてや会うことすらもなかった私は、誘われた日から今日までずっとそわそわした緊張が蓄積されていく一方で、だから私はその所為で今やもう倒れる寸前だった。
そしてそんな危うい状態であるところに、トラファルガー君が人ごみの中カランカランという下駄の音と共に紺色のかすれ縞模様の浴衣姿で現れたのをこの目で見た時は思わず窒息しそうになった。えええー!まさかの浴衣!しかも似合いすぎている!

トラファルガー君は、私を見つけるなり、あ!…と小さな声をあげたんだと思う。彼の口が小さく開いて一瞬焦ったような困ったような顔をしていたから。
「…お前私服かよ…」
私が赤くなった顔を隠すようにして俯かせていると、トラファルガー君が小走りでこちらへとやってきてそう言った。
「ごめんなさい…」
私は思わず謝ってしまった。…そう。…私は私服なのです。

「マジか…。てっきりお前は浴衣で、と……。いや、……悪い。…いいんだ」

トラファルガー君は小さな舌打ちと共に盛大に恥ずかしげにしていた。あー、という嘆息と共に、口元へ手をあてているのが俯いていてもなんとなくわかる。

「…」

私もまた、心の中で嘆息していた。
本当は、私も浴衣を着たい…とそう思っていたのだから。

けれど、ひっそりと思いを寄せているトラファルガー君との初めての花火大会で、しかも二人きりというただでさえ動揺してしまいそうなシチュエーションで。そんな中浴衣なんか着ちゃったら緊張に拍車がかかりそうだし、尚且つ、彼に気合入れすぎだろ…と思われるんじゃないかと考えたら途端に着る勇気がなくなってしまったのだ。…まさか彼のほうが気合いれてくるなんて思ってもみなかった。トラファルガー君はさっきからずっとかなり気まずそうにしている。始終そわそわしているのもわかるから、私はなんだか申し訳なくなってしまった。


「メ、メールすればよかった…ね。服のこと…。ごめん」
私はまた謝った。
メールは送ろうと思いつつもずっとできなかった。…何だか怖くて。やっぱ中止…とか言われたりするんじゃないか…なんて思ってしまうと手が動かなくなっていた。
「いや、いい。…俺も確認すればよかった。……」
トラファルガー君は小さく首を振ってそう言ってくれた。でも気まずそうな雰囲気は変わらない。

「…すごく似合ってるよ。ちょうどいいものがあったんだね」
だからそう言ってみると、トラファルガー君が「オヤジが出してきたから…」…と困り顔のままそう言った。お父さんのなんだ…とそう言いながら思わずクスリ…と笑うと、トラファルガー君は「…ハァ」…と小さくため息を吐いていた。


「ちょっと時間もらえるか?…着替えてくる」


すると、トラファルガー君は恥ずかしげな顔のままそう言ってきた。「え!」。私は思わず俯き気味だった顔を上げて、彼を見つめた。「…だ、だめ」。思わずそう声をあげていた。
薄暗い夜は恥ずかしがり屋な私を、少しだけ大胆にするらしい。
私は気付けばそう言っていた自分に自分自身で驚き、かーっと赤くなった顔を慌ててまた俯かせつつ、腕を伸ばしてトラファルガー君の浴衣の袖をそっと握った。そして言っていた。


「…そ、袖が握りやすいから…。歩くときにはぐれなくて…いいかなと思う…」
「…!」

その言葉に、トラファルガー君が小さく息を飲むようにした。そして暫くするとフ…と、耳を澄ませないとわからないくらいの零れ落ちるような笑い声をあげた。優しげな音だった。


「…じゃあ、このまま行くか」
「うん」


そう言われたので、私たちはそのまま人ごみの中を歩き始めた。



彼の浴衣姿が見れなくなるのが惜しければ、彼と一緒にいる時間が減るのもまた惜しい…だなんて。
暑くて熱い今宵は、私を大胆かつ、こんなにも欲張りにさせている。



…だから真夏は恋が加速する季節なんだ…、と。
そう言われるのもわかるなぁ…と、私はついそう思っていた。




__

無理やり浴衣着せ。

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