超短編!〜平成 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
彼女は礼を決して言わない

「ぎゃっ!」

…と色気のない声がしたので振り返れば、そいつが道に派手にすっころんでいた所だったので思わず呆れてしまった。
「…大丈夫かよ…」
「いたたたーー!!だいじょうぶじゃないよ!あー、すりむいちゃった!!」
「…はー。間抜けめ。…ほら、絆創膏」
血の滲む膝小僧を見て多少涙目になっているそいつに少しだけ不憫な気持ちになりつつ、ポケットから絆創膏を出して渡してやる。するとそいつは何だか吐きそうな顔をして言いやがった。
「男がポケットからバンドエイド出してくるなんてキモい…」
「て、テメェ!こういう時はまず礼を言えよ!」
「はー。なめときゃ直るかな」
「おい、話し聞けこのブス!」
「うるさいクマ野郎!」

・・・

「うぐっひっくうぇええー」
「…大丈夫かよ…」
「だいじょうぶじゃないいいいい。フラれたぁああああ」
「いやハナから無理だろ。相手教育実習生だろうが。こっちは中学生だぞ」
「でもぉおお。グズグズヒックウェエエ」
「…はー。間抜けめ。…ほら、ハンカチ」
「男がポケットからハンカチとかマジキメェ…」
「礼を言えよ…。鼻水やべぇぞブス」
「うるさい。寝不足クマ野郎」

・・・

「うああああー」
「…大丈夫かよ…」
「テストヤバイテストヤバイテスト絶対ヤバイーーーだいじょうぶじゃないぃいいいーー!!」
「…はー。間抜けめ。…ほら、ノート」
「…。男がマーカー4色使い分けとかドン引くわ」
「ありがとうくらい言え。…なら、いらないんだな。ブス」
「うるさい。いるわ。よこせ。インソムニア野郎」
「その単語、テストに出そうだな」
「お!ヤリィ。これだけは一発で覚えれたんだよねー」

・・・

「ぬうううーーー!!」
「今更神頼みとか諦めろよ間抜け。もう結果はわかってる。早く封筒開けてみろ」
「…ハア。……。…。う……。……不採用って書いてある」
「…大丈夫かよ…」
「…仕方ないかー。私そこまで頭もよくないしね。…ハー。ハァアアアア……。……だいじょうぶじゃない」
「飯にでも行くか」
「…オゴり?」
「仕方ねえな」
「あ、じゃああのホテルの最上階のレストランがいいなぁー。今、肉祭りやってるから」
「…仕方ねえな」
「やった!おい、ならさっさと車出せ!」
「まず礼を言えってのに…テメェは。…ブス」
「隈野郎!早く行こ!お腹すいたー!」
「…」

・・・

「…ふー…」

色気のない声がしたので振り返ればそいつがベッドの上で悲しげな瞳をし、そしてどこかわからない場所を見て震えているようなので俺は思わずそいつから視線を外しかけ、けれどすぐにしっかりとそいつの目を見つめてやった。
「…大丈夫かよ…」
そう言ってみる。
「…だいじょうぶじゃないに…決まってるでしょ…」
するとそう即答された。まあ、そうだろうな。
「…はー。相変わらず間抜けなツラしてやがる。…ほら…、絆創膏だ」
「アハハ。…ポケットから絆創膏って。…昔も言ったけど…本当にキモいから」
何気なくポケットから取り出したそれに、そいつは呆れたようにしつつも笑ってくれたのでホッとした。表面の紙を破いて中身を取り出し、そしてテープをはがしてそいつの手を取って甲にべたりと貼ってやる。
「怪我してないよ」
「そうだな」
「ならいらないし」
「…後で自分で剥がせ」
「…」
そう言ってやると、そいつは一瞬目と口をくしゃっと歪め、けれどすぐにぎこちなくも笑みを浮かべてくれた。寝転んだまま、絆創膏のついた手を目の前にかざして「そうだね」と言った。
「感覚としては一瞬だ」
「…うん」
「だから気を楽にしてろ。…すぐに終わる」
「…うん」
気休めにもならないだろうけれどそう言ってやれば「…ねえ」…と、そいつが最初よりはしっかりした声で言った。


「目を覚ました時にも側にいてくれる?…寝不足隈野郎」
「もちろんだ。…ブス」


すぐさまそう言えば、そいつは今度はきれいに笑った。
そして俺は彼女を乗せたストレッチャーを押していた看護師に目線で中へと連れて行くように伝えた。
俺はそして深呼吸をして、いつも以上に重たく感じる白衣の裾を翻しながらオペ準備室へと向かった。


・・・


「…ハァ?」

麻酔あけからの第一声がそれだった。
そいつは酸素マスクのついた状態故のくぐもった声で、持ち上げた手を見つめながらそう言ったのだ。
「…いみ、わかんない」
「…そのままだろ」
理解不能な顔をしたそいつの側で、俺はそう言ってやった。
その手には絆創膏はもうない。
かわりに薬指に指輪を嵌めておいた。
そしたらそう言われた。


「…寝てるあいだにこんなことされてもキモい」
「ハー。テメェ、その前にまず手術成功の礼を言えよ」


prev index next