超短編!〜平成 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
ある朝の幸福

それはある日のことであった。
私は目覚めると同時に、自分の前世を急に思い出した。突然に。鮮明に。
ぱち…と目を開けた瞬間、自分がかつて違う世界で生きた数十年分の記憶が押し寄せてきて我が身を包んだのだ。その様々なシーンにほんの数秒間であるが私の顔は笑ったり歪んだり、百面相のように変わった。
何故今、この世界で暮らして20数年たっている今日≠ニ言う日に過去を思い出したのかはわからない。
でも私は嫌じゃなかった。
すーっと身体に浸透していく記憶を懐かしみつつもう一度目を閉じて、それが深く深くこの身に広がっていくのをベッドの中で受け入れていた。


「起きたか?」


そして、静まり返っている部屋の中で響いたその声に、懐かしさで思わずうっすらと目尻に浮かんでしまった涙を誤魔化すように手で覆い隠しながら首を捻った。
視線の先には今私が住んでいるアパートのダイニングが見える。
そこには同棲しているローがいて、彼は戸棚から取った揃いのマグカップを2個持っていて、側ではコーヒーメーカーがコポコポと湯気を上げていた。
ゆっくりとそれら全てを凝視した後、私はバッと布団をはねのけて起き上がった。

「ロ、ロー…、コーヒー…入れてるの??」
「…何だ、お前寝ぼけてんのか?」

テーブルに置いたカップに慣れた仕草でコーヒーを注ぐローに、思わずそう声をかければクスリと笑われた。
今の私は前世の記憶で頭の中がいっぱいになっていて、そんなローの姿に思わずそう声をかけてしまったのだ。
ポーラータングで彼がキッチンに立つだなんて、世界がひっくり返ってもあり得ない話だった。

「いつも入れてるだろ?」
「そ…そう、だったね」
「じゃあ、おれは先に仕事に行くから。また夜にな」
「…ん」

出勤の早いローはそう言うと、ドア付近にまとめて置いてあったゴミ袋をこれまた慣れた仕草で持つと私をもう一度見てふ、と笑った。

「いいい、いってらっ…さい!」

私はその姿を見て、笑い声を上げそうになるのをどうにかこらえながらローを見送る。
そして、ばたんと扉が閉まる音を聞くと同時に布団を被って両手で顔を覆い、その中で思い切り笑った。

私が海賊で、ローがキャプテンだったあの頃。
ローがゴミ出しするだなんて、絶対になかった。
この姿をペンギンやシャチやベポが見たなら「事件だ」と騒ぐだろう。
あの頃の私たちはこんな風にたくさんの朝をあの世界で迎えていたなあ。
その色々な情景を思い出して、私はもう一度クスクスとひとしきり笑った。


嗚呼。
なんて、幸せな朝。
あの頃も、今も、変わらない。


私は薄暗い布団の中でまた涙をぬぐう。
あの時と今の私と、二つ分の人生の記憶に包まれることにこの上ない幸福を感じながら。
私は笑いすぎて出た涙と、そうじゃない涙との両方をこの両目から流している。


prev index next