超短編!〜平成 | ナノ
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我らが愛しき眠り姫

私はソラとずいぶん歳が離れていたけれど、私たちは親友でいつも一緒にいた。
彼女が結婚してもそれは変わらなくて、彼女が出産した時は私は側で応援していたし、産まれた子供たちを彼女が愛おしそうに抱く姿を見れば自分の事のように目を潤ませてしまったくらいだ。
その時、あぶあぶとか弱い声を上げるソラの産んだ四つ子を私もそっと抱っこさせてもらった。とても愛おしかった。でもソラはこの出産により身体を弱くしてしまった。だから、私はこの子たちの世話を徹底的に手伝おうとその日決意した。
それから私は王国に通い詰め乳母のように生きた。
日に日に大きくなっていく子供たち、イチジ・ニジ・サンジ・ヨンジにミルクをあげたり彼らのオムツを変えたり…。毎日がとても忙しく目まぐるしい日々だったけれど私は幸せだった。子供たちは私に懐いてもくれたしそれも励みになった。
ソラが死んでしまっても、私はこの子たちのために泣かないで頑張ろうと決めた。
私以上に子供たちのほうが辛いに決まっている。そう言い聞かせて、悲しみに押しつぶされそうになるのを必死で耐えて毎日を過ごした。
それでもどうしようもなく涙が流れてしまった時、まだ3・4歳だったイチジ君たちに「泣くなよ」と励まされた。
まだ小さな子供でしかないのに、私を抱きしめたり背を撫でたりハンカチを顔に押し当てたりする彼らのぎこちない気づかいに私は思わず笑っていた。

「お前は弱いな」

その日、イチジ君がそう言ったのを覚えている。私は彼を見つめ返すとそれに頷いた。

「そうだね。ごめんね」
「でも大丈夫だ。守ってやる」
「ああそうだ。おれたちがいるからな」
「ずっと側に居てやる。だからもう心配するな」

ニジ君とヨンジ君もそう言って励ましてくれた。彼らの澄んだ瞳に勇気づけられて、私は最後の涙を拭えば「ありがとう」と彼らにハグをした。

「大好きだよ、みんな」
「おれたちもエマを愛してるぞ」
「うれしいな。ありがとう」
「本気で言ってるんだからな」
「はいはい。わかってるよ」
「いや、わかってねえだろ」
「わかってるって」
「…」

…これが多分、私の最後の記憶。






目が覚めると、見慣れない天井の模様が見えたので少し動揺した。
肌に触れる布団の感触はあまりにも滑らかで、すぐにそれが上等な素材であることがわかればさらに動揺してしまう。私の家の、私のいつもの寝具じゃない。
「…」
随分と寝たはずなのに身体はじっとりと重たくて、少しでも動かせばギシギシと軋むようだった。
思わず大きく深呼吸して瞬きをする。瞼すら重たい。足を動かそうにもぎこちないし、意志に対して身体の反応がずいぶん鈍い気がする。おかしい。…何かが。


「目が覚めたか?」


すると、枕もとで声がして驚いた。
それは低く太い音で男性の物だった。父親の声じゃないし、なら誰のものなのか?
ゆっくりと首を捻ると、そこには赤い髪をしてサングラスをかけた青年がいる。誰なのかわからない。私が思わず眉を潜めると、青年はふ…と小さく笑んでサングラスを外し、こちらにその素顔を近づけた。「…エマ」。顔の間近まで寄ってきた青年にそっと名前を呼ばれる。…その表情、…その髪の色。それらを見て目まぐるしく私の頭の中が回転し、ひとつの答えが導き出される。でもあり得ない。…そんなはずがない。

「…イチジ、くん?」
「そうだ」

私が出した声はほとんど掠れて聞き取りにくかったが、青年はそれを聞けば嬉しそうに笑った。彼の手は布団の中でだらんと伸ばしたままの私の手を取ると、さらにもう片方の手で包み込むようにすれば自身の口元へと運んでそっと指先にキスをする。「やっと話せた」。私の手から口を外して、彼は心底安堵したようにそう言う。

「…ど、して?イチジ君は……4歳…で」
「今はもうその日から17年経ってる」
「…え?」
「エマ、お前は17年前に事故にあった。それで、今まで眠ってたんだ」
「…じこ?」
「だから、おれは成長して今は21だ」
「…嘘」
「嘘じゃねえ。ニジとヨンジもいるぞ?みんなエマを心配してた。会いたがってる」

イチジ君の話すことの全部が理解できなくて、私はただ口を開け放したまま彼を見つめることしかできなかった。
事故?
17年前??
なら私は…その分だけ眠っている間に歳を重ねてしまっているの…?
その情報にまためまぐるしく頭の中がぐるぐると動き出し、私は混乱するばかりだった。
でもその時何故かふいに思い出したのは小さなイチジ君たちがいたずらをして私が叱った日の記憶だった。
私はどうにか自身の両手を伸ばせば、イチジ君の両頬をぎゅっと握ってみる。
あの日、「こらー!」と怒りながらほっぺを引っ張ってやろうにも彼らの身体は固くてまったく伸ばせなかった。
イチジ君の頬は、やっぱり硬くてつまむことすらできない…。

「フフ…。おれはもう子供じゃねえんだぞ?」

イチジ君は可笑しそうに笑った。


**


「起きたのか?」
「エマ!わかるか?私だ。ヨンジだ」

それから、私の眠るベッドにニジ君とヨンジ君も現れて次々に声がかかった。彼らもイチジ君同様にすっかり成長していて、私は何とも言えない奇妙な気持ちでいっぱいになった。
あの頃のものからは比べ物にならないくらい大きくなったニジ君の手で半身を起こされ、抱きしめられた。
くしゃくしゃのハンカチではなく、上等のタオルを濡らしたもので私の顔を拭ってくれるヨンジ君は私と目が合えばニィと笑う。
彼らからは子供っぽさなんてすっかり消えて、大人の男の人の匂いがした。
澄んでいた目は無邪気さを失って、代わりに何と言ったらいいのか…、どことなく影を含んだ不思議で複雑な色合いをしていた。
するとイチジ君は長い指先で私の髪をひと房すくい上げると、「なあ、エマ」、そこに唇を寄せながら言った。

「これでおれ達に障害は無くなったと思わないか?」

その言葉に、ニジ君とヨンジ君が同調するように笑んでいた。
障害…?
その言葉の意味がわからなくて、私はぼんやりと彼らを眺める。彼らは私の目覚めに心底嬉しそうであり、あと、どうしようもなく楽しそうだった。愉悦に満ちた…。そう言った顔をして、私をじいっと見つめてくつくつと笑っている。
イチジ君は私の髪をくすぐるようにいじったあと、指をするりと抜いてその後色気すら感じる仕草で私の頬を撫でて言った。

「この日を待っていたんだ」
「長かったよなあ」
「本当に」

次々とそう言葉を交わし合う兄弟。
その次の瞬間。
私は影がかかったようだった今までの記憶の中、眠りに落ちる前の本当の最後のシーンを急にであるがじんわりと思い出していた。
私はあの日階段か何かから落ちて、頭を打った。
じわじわと意識を浸蝕していく暗闇のようなものに呻きながら、私は側にいた小さな子供だった彼らの笑う声を…確かに聴いていた。


―エマはだいじょうぶなんだな
―頭を打ったようですが問題はありません。遅かれ早かれ、いずれ目を覚ますでしょう
―そうか
―なぁ、医者。提案だ。彼女をコールドスリープ化しろ。クローン人間の研究施設にそういった設備もあるはずだろう?そのまま眠らせて置いておけ。これはいい機会だ
―ああそうだ。…いいな。そうしろ。今から15・6年眠らせておけば、おれ達に都合がいい
―しかし…これはただの脳震盪で…
―やれよ、医者。金なら払ってやる。口止め料も上乗せしてな
―…

その記憶に、ふるり…、思わず肩が震えた。
ニジ君がそっと渡してくれた手鏡で私は私≠恐る恐る確認してみる。
そこには眠り始めた時と変わらない私がいた。
途端にドクンドクンと打ち響く私の心臓。
その振動でまるで全身が震えだしそうだった。

「言っただろ?」

そして王国のどこかの一室の中、イチジ君の恍惚とした声が響いている。


「おれたちはお前を本当に愛しているって」




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