超短編!〜平成 | ナノ
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さあ、どうぞ召し上がれ

レストランでの仕事を終えた帰り道、新メニュー考案のためのアイデアが湧くだろうかと異国の本を読みながら歩いていた私は間抜けにも穴に落ちた。
穴なんてない道のはずなんだが、一歩踏み出した先が無≠ナあったのだから多分穴があったんだろう。溝ではなく、穴が。なんせ、落下してからが長かったのだ。本気で死ぬと思ったよね。

「…」
「ッッっぎゃあ!!…ッッ。…。あ、助かった」

しかし死ぬことはなかった!とりあえず命拾いしたようで安堵。
でもなんで助かったかって、落ちた先がベッドの上だった…というのだから摩訶不思議すぎて焦った。
しかも目に飛び込んできた風景が石造りの重々しいじとじとした部屋で、尚且つ鉄格子なんかもあるのだからすぐにここは牢獄だって気づいたよ。一体何が起こったっていうの??
そして目の前に一人の男の子がいたりしたから更に驚いた。きれいな顔立ちをした金髪の子供。これから食事中だったのか、彼は椅子に座った状態のままこちらを見つめて口をあんぐりと開けていた。
…にしても、牢獄っぽいのに高価そうなベッド。高価そうな調度品。食事の椅子や机も高価そうだし…なによりその上に配膳された料理も豪華だった。何から何までおかしくてちぐはぐである。
私は崩れた体勢を整えつつ、色々と訳が分からないままこちらを凝視している男の子にとりあえず愛想笑いなんて浮かべてみた。するとその子の顔は更に引きつった。まあ…当然だろう。…でもそんな顔もかわいかった。

「…だ…れ?」
「…えーと。私は…。……ッ??」

とりあえず、もっと怪しまれる前に自己紹介を……と思ったが、それより先に私の鼻センサーが瞬時に反応してしまったのは料理人の性だろう。本能の赴くまま、もう一度じっくり室内の匂いをクンクン嗅いでみると、やっぱりこの芳香は男の子の前に配膳された料理から香ってくるとわかる。この匂い。今まで嗅いだことがない匂いだった。ちらりと見てみた料理の盛り付けもかなり立派だ。何々??ここ牢獄っぽいけど、何でこんなすごい料理があるのだろう??そういう趣旨のレストラン??私の料理に対する好奇心がこんな奇天烈な状況下でも嫌なくらい働く。気付けば私はそろそろとベッドから降りると半分怯えている子供の側へと近づいて、彼の料理をじっくりと見ていた。うわあ何、この見たこともない料理。すごい。すごいすごい。…。……。……食べたい。


「…たべ、たいの?」


じろじろ料理ばかり見つめている私に、男の子は恐々とした声でそう聞いた。
「…あっ、ごめ…」
無意識の行動にハッと気づいて慌てるも、男の子はたどたどしい笑みを浮かべてくれて、持っていたフォークを私へと差し出してくれた。「…いいよ。食べても」。そして、彼はそっと椅子から降りた。


いやいや。何やってんだろう私。勝手にここに現れただけでも怪しすぎるのに、子供のご飯を物欲しそうに眺めた挙句その子に「どうぞ」だなんて言わせてる。
いやもうその前に私、穴に落ちてここに来てるんだよね??ヤバイ組織のアジトってやつだったらどうする??こんなところで悠長に料理の味見なんてしてる場合じゃないよ本当は…って…………モグモグ……。!!。うわああああーーー!!おいしいっっ!!ナニコレナニコレーーーーー!!どこかの王さまの食事??!!


「…お、おいしい。すごくおいしい。何でこんなにまったりしてるの??何この野菜。見たことない。しかも火の通し方が絶妙すぎる。ハーブの使い方が神。何てハーブだろ…」
「…へへ…」


でも、結局は好奇心に抗えず私は付け合わせをひと口食べてしまい、その後瞬く間にその味に悶絶していた。
口の中に広がる旨味にふああ〜ってなりながら頬を緩めていると、側で私を見守っていた男の子がクス…と小さく吹き出した。
「変な、人だね」
そして男の子は今度は嬉しそうな笑顔を見せた。



男の子は名前をサンジ君と言うそうだ。
他にも多分いろいろ聞くべきことがあったんだろうけど、私は名前を聞くと、次にはこう聞いていた。

「この料理の作り方、わかる?」

…と。
サンジ君は、私の質問にまたクスッと吹き出した。「いま、ちょうど勉強してたんだ」。その後彼はすぐにトコトコと室内にある本棚に駆け寄ると、そこから一冊の本を取り出せば私の側に座って熱心にこの料理の作り方を教えてくれた。
私はメモをとることも忘れ、あまりにも斬新でしかないその調理法に熱心に耳を傾けていた。こんな場所で、こんな状況で。
彼はまだ小さな子供なのに、説明はうまかったし、料理の事をよく知っていてとても驚いた。
この子はもうすでに立派な料理人なんだ…とそう思った。
不思議な子だった。
本当に。



……



「…で、そのレディは次の瞬間には消えていったんだった、なァ」

おれは当時のことを思い出し、独り言つ。
サニー号のキッチンにて、先ほどまで滞在していた島で食べた新しい料理の再現をしている時にふと昔の事を思い出したのだ。

あの時急に現れた怪しすぎるあのレディが、一番に気にしたことが他でもない料理だったということがいつ思い出しても可笑しくてフ…と笑みが零れ落ちた。
絶望しかなかったあの牢獄の中、突然に舞い降りてくれたあの人があの日熱心におれの話を聞いて喜んでくれたことはおれにはかなりの救いだったっけ。
そう思いながら、手元のフライパンを振った。

芳ばしい香り。不思議な調理法。

あのレディが今これを見たならば、多分また、おれの存在なんかよりも先にこの料理に気が付いてきらきらした瞳で見つめてくるんだろうな。そう思うと、また笑みが零れ落ちた。
…その時だった。


「……ッッアアアーーーーーー!!!」



キッチンにいるはずなのにまるで空高くからレディの悲鳴が聞こえて、その次の瞬間、部屋の隅に重ねていた小麦袋の山の上にその人は落ちてきた。ドサリと。あの日のように。片手には本を持って。「ッッっぎゃあ!!…ッッ。…。あ、助かった」、と。あの日とまるっきり同じ台詞を発しながら。


「ちょ…、また…?昨日に引き続きまた??…穴に落ちるとかもう何…ありえなさすぎ……って、……え??…もしかして……サンジ、くん??」


あの日のままの姿で彼女は現れた。突然に。
おれは思わずハハ…と吹き出すと、手元のフライパンに気づき、それをそのまま彼女にちらりと見せると言っていた。

この奇跡に感謝することよりも。
あれから十数年経っているにも関わらず、レディがおれのことをちゃんとおれだとわかってくれたことに喜ぶよりも。
レディがその十数年という時を一瞬で跨いでここへ来れたことへの疑問を抱くよりも。
会えたのがほんの一時であったにせよ、あきらかにおれに淡く甘い感情を抱かせたその人にまた会えたことへの気恥ずかしさを隠すことよりも。
このレディが相手ならば、とりあえず、まずはこれだろう。


「Bon appetit?」


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