悪戯な彼の指先
船室の扉を叩くノック音に思わず身を竦めた。
私はその音をたてた主に部屋の中に入って来られたくなかった。
だからベッドの毛布の中、縮こまりながら息を潜めてどうにかやり過ごそうと私は試みた。
「入るよぃ」
けれど、返事をしなかった私のことなど完全に無視してその人は遠慮なく私室のドアをゆっくりと開けた。
マルコ隊長は布団の中の私を見るなり、クス…と小さく笑んでそのまま静かに側まで歩み寄ってくるので参る。
「ああ、顔が赤いねェ」
ギシ…
座っていいか、などと聞くこともなくマルコ隊長はベッドに腰掛け、笑んだ顔のままでそう言った。
するりと伸びた彼の無骨な手が額に触れようとするので逃れるために身体をよじるも、大きな掌は難なく私の顔を覆う。
それはひんやりと冷たかった。
「何でさっさと言わねえんだよい。体調が悪いって」
マルコ隊長の声は穏やかだが、わずかにこちらを責めているような棘を私は感じた。
私は熱で浮かされ潤んだ瞳をつい…と逸らす。
海賊なのに、かの有名な白ひげ海賊団に所属しているくせに、簡単に体調を崩した自分が許せなくて私は誰にもこのことを言えずにいた。
ましてや、私のいる隊の長であり船医でもあるマルコさんには、特に。
彼の手を煩わせたくなくて。
彼に失望されたくなくて。
ほのかに想う彼に…どうしても…嫌われたくなくて。
でも今やこんな状態で寝込んでいるし、結局彼の手を煩わせている。最悪だ。
「今度黙ってたら許さねぇよい」
マルコ隊長は額の手を外しながら少しだけ声音を変えてそう言う。
「特にお前は…」
先ほどまでと比べて幾分か柔らかい声で私を諭す。
「大切だから、ね」
たいせつ…
熱で朦朧とする中でも、その優しい声にふ…とマルコ隊長に視線を送ると彼はクス…と笑って私の下唇に親指をあてがうと、そのままぐい…と強引に中に差し入れ人差し指をも使い口をこじ開けるようにした。
舌を強く押さえられ少しだけ苦しい。
「んッ…ふ、」
力の抜けている私はそれに抵抗もできず、口内にあるマルコ隊長の指先が粘膜に当たる刺激にぞくりと震えた。
「ああ、やっぱり喉が腫れているよい」
マルコ隊長は、そう言って私の唾液が絡んだ指先をヌルリと抜き取ればズルいくらい妖艶に笑う。
「薬を処方してやるよい。また、後でな」
彼の突然の行動にハァハァと息が上がってしまった私を残して、彼は部屋から出て行く。
笑ったまま。
ペロリ、と自身の指先を舐めとりながら。
また、後で…?
嗚呼。
私は唸った。
こんなこと、熱が今より更に上がってしまうじゃないか。
大切、って何?急に。
どういう意味だろう。
隊員として?
家族として?
数少ない女、だから?
それとも…
別の意味??
虚ろな視界を緩やかに閉ざしながら、私は小さく甘い息を吐き出すしかない。
それに、口の中はまだ、痺れて熱い。
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