長い長い、旅の途中で
「ちょっと休憩しましょうか?」
これからも続く長い長い旅路のことを考えて、隣に立つその人にそう伝えた。その人は私を見下ろして視線を合わせると、「そう…だな」、と。ふ…と小さな息をついて道の先にあるとある施設を目を細めながら見つめた。
「あそこは?」
「道の駅、ですよ。中々楽しいんです。休憩できて、買い物もできるんです。最近はお風呂とかもあったりして」
「へえ…。おれ、初めて来た」
「でしょうね」
人々でにぎわうそこにたどり着けば、その人はまた息を吐いた。それは驚きのため息なんだろうと私は思った。その施設にいる人の多さに、なかなかの盛況ぶりに、彼は圧倒されつつきょろきょろと辺りを見回していた。私は人混みの中へ入りつつ「ロシナンテさーん」。彼を呼んだ。
「何か食べますか??いろんな名物がありますよ。おいしいって評判で」
「いや…、腹は減ってねえな」
彼は肩をすくめつつふるふると首を振った。
「ならお土産でも買います?こっちにあります」
「おみやげ…」
「ええ。どうです??せっかくなので、いくつか見てみません?」
「…ん」
どことなく寂しげな彼に、「お金の心配はしなくても大丈夫ですからね!」と胸を張って見せると彼は少しだけ笑ってくれた。
その後彼は私が指差した先の土産物コーナーへと近づき、気になったものをいくつか手に取っていった。
おまんじゅうだったり、クッキーだったり、おかしな柄のTシャツ、変な置物。漬物やストラップ。
初めは気乗りしていない彼だったが、いろいろと見ていくうちにどんどんと身体が前のめりになっていた。何かを手にしては、フ…と笑い、その後もずっとあれこれ見比べてはくすくすと一人笑っていた。そんな姿を側で見ていると、私も自然に笑顔になれた。初めて彼と会った時の、あのすさまじいまでの彼の落ち込みぶりは尋常じゃなかったから…。
「これ、いいな」
「そのゆるキャラのぬいぐるみ?」
「ああ。目つきが悪すぎだ。でもそこが憎めねえ」
「そう?」
「アイツに似てるんだよ。でも、あげても要らねえって言われるだろうな」
「アイツって?」
「ロー」
「…」
ロー。
そう呼んだあとにふわりと笑った彼の顔。
私は残念ながら、その言葉に思わず目を伏せてしまった。「…それは…」。やっと笑ってくれた彼に、一生懸命言葉を探す。でもいいセリフは見つからない。「…渡せるのはちょっと先になりますね」。そしてそう言うしかなくて、私はゆっくりと彼を見上げた。
「…ああ…。そう、…だよ…なァ」
その人は私の言葉にまるで泣き笑いのような複雑な顔を浮かべた。
手の中のぬいぐるみをそっと、指先で撫でながら。
「アイツは、そこには、いねぇんだったな」
そしてそう言った。
ロシナンテさんがローさんという人に会えること。
それがいつ≠ノなるのかは…私にもわからなかった。
いずれは必ずその人と会えるんだとしても。
その時≠ヘ今よりずっと先であって欲しい…、と。
今まさに彼はきっとそう願っているのだろう。
「あの!」
私は大きな声をあげた。ロシナンテさんは、ぱちぱちと瞬きしながら私を驚いた瞳で見つめ返した。
「でも、それ、買っておいて損はないですから!到着した先で、いつかローさんが来るのを持っていればいいんですから!」
「フフ。そうだな」
「相手がヨボヨボのおじいちゃんになっていても、ロシナンテさんからの贈り物ならきっと喜んでくれますよ」
「ああ」
「ああ!ねえ!それ以外にこれから会える方々≠ノ何か買っていきましょうよ!」
ね!??
そう言って彼の手を引いた私のこの行動はあまりにも強引であっただろう。
けれど、この手が振りほどかれることはなかった。
ただひと言、
「なあ、天使さん」
…と。
つい先ほど出会ったばかりに過ぎない、ただの天国への案内人でしかないこの私に。ロシナンテさんは。
「あのさあ。おれ。父と母が何をもらったら喜ぶかわかんねぇんだよ。だから何がいいか一緒に考えてくれねぇか?」
…だなんて。
まるで吹っ切れたようにからりと笑った彼に、なんとまあそんな困難な相談をされたので私はとても困ってしまった。
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