明日へ翔ける | ナノ
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「誰が行っていいと言った?」
「ラナ…、いいな?絶対に落ちるなよ?いいな!?おれの事、ぜったいに…ぜったいに離すなよ!!??」

ぎゅぅううううう。

私は慌てふためいた声でそう言い続けるチョッパーの事を力の限り抱きしめて自身の顔を彼の背中に擦り付けていた。
ルフィの特等席であるサニー号の船首のライオンモチーフ。
私は今その先端にチョッパーを無理やりに抱っこして引きつれ、そこに座って何を隠そうトラファルガーさんから逃げている。ルフィに見つかったら「どけろよ〜」って言われるかもしれないけれど、もう逃げる場所がここか女子部屋くらいしかないのだ。悪魔の実の能力者であるトラファルガーさんもさすがに海に落ちる危険性の高いこの狭い場所までやって来ることは…ないだろう。私がぶらぶらと足を動かしながら座っているこの場所の真下は真っ青な海なのだ。それにここはそんなに広い場所でもないから彼が来たとしても座る事なんてできない。


昨日の早朝。突然の抱擁と共に言われた「欲しい」発言による動揺は未だ収まることを知らない。
あの時、彼が私の背中に回した強くも優しい両腕は中々その後解けることがなかった。まさかそれに対して好意的な反応を示すまで離さないってやつなのか?…と思うと冷や汗が浮かんだ。けれど「いい天気だなー」…と、珍しく早起きしたらしいルフィの声が聞こえれば、驚くほどあっさりとトラファルガーさんの腕は離れた。そして彼はその後フ…と私を見下ろして笑うと、何事もなかったかのようにゆっくりとその場から立ち去って行った。

太陽が完全に地平線から顔を出していることに、視界を閉ざされていた私はその時にようやく気付くことができた。
その眩しい光は、去って行くトラファルガーさんの背中を明るく照らして、私はその後姿を歯がゆい気持ちで眺めてしまった。
そしてその事を思い出せば私の心臓はうるさいばかりだ。
まだ出会ってちょっとしか経っていない人にまさかここまで熱烈に好意を伝えられるなんて今まで経験したことがなかった。…だからどうしていいかわからない。そもそも、彼は私にとってはまだまだ未知すぎる人間だ。彼にとっても私は同じくそんな人間であろうに。…それなのにどうしてああまで強引でいられるのだろう。
はぁ…
チョッパーの身体に顔を埋めたままため息を吐くと「くすぐってぇよ」とチョッパーが吹き出すように笑った。ああ、究極の癒しよ。「チョッパ〜〜」。なので私はますます彼にうりうりと頬を擦りつけた。


_他の男を見てんじゃねぇ…


そして思い出すその言葉。
身勝手でしかないトラファルガーさんのそんな言葉など、無視すれば済むだけの話だった。けれど力強く囁かれたその言葉にはどういうわけか妙な魔力(呪い?)のようなものがあって、だからだろうか、私はその後『大丈夫だった?』と、キッチンから消えていた私を心配して声をかけてくれたサンジの顔をまともに見られなかった上に、ルフィやゾロといった他の男性陣でさえも、彼らと目を合わせてしまえばどこからともなくトラファルガーさんが現れ、その言葉をまた私に言ってくるんじゃないか…という被害妄想にとらわれて彼らの事もまともに見られなくなっていた。…なので昨日の私は男性陣全員から目を逸らし続けてこそこそと過ごすはめになっていたのだから、私も気が弱いというか何というか…、とりあえず彼の所為で調子を狂わされた事にはただ歯噛みするしかなかった。
けれどそんな中、目を合わせても一緒にいても少しもトラファルガーさんへ影響を与えなさそうなのがチョッパーだと気付いた私は本日護身も兼ねて彼を捕まえれば、身体を拭いてあげたりこうやって海を眺める事に付き合わせている。彼にとってこれは迷惑でしかない行動であろうが、心の中でしっかりそれには謝って、普段よりは念入りに身体をきれいにしてあげ尚且つ耳掃除もしてあげた。


それにしても、トラファルガーさんに対してこの先どうしたらいいのか…という不安は中々消えてはくれない。
だからそれを振り払うようにうりうりと体毛に頬を寄せるその仕草に「うひひ…」と、くすぐったそうに更に笑い声をあげたチョッパー。
そんな彼は、すると唐突に、笑い過ぎで出た涙の浮かんだ丸い瞳でこちらを見つめながら「トラ男はラナが大好きなのにおれといていいのかー?」…と。何と無邪気な顔をしてそう言ってきたので私はびっくりして思わず彼を海へと落としそうになった。「え?」「だって今トラ男に近づかれないようにしてんだろ?」。そして私がこうしている理由をいとも簡単にニブそうなチョッパーにでさえ見抜かれてしまったので、私は眉尻を下げて長いため息をつくしかなかった。

「…チョッパーにもわかるんだ」
「おお!わかるぞ!ウソップも言ってた。トラ男は好き好きオーラっていうやつを出しすぎだ…って!あれじゃラナも怯んじまうだろ…って!」
「うう…。じゃあ、もうみんなわかってるんだろうね…」
「ルフィはどうだろうな」
「…そうね。ルフィは気づいていないかもね。ふふっ」

そういった事に正に一番鈍感そうなルフィについてそう語れば、思わず吹き出してしまった。するとチョッパーはそんな私の顔を見ながら「トラ男はそうやって笑ってるラナの顔を見て幸せそうにしてたぞ」…と、またまた無邪気にそう言った。

「…そう、か」
「ああ。俺そんなトラ男何度も見たからな!でもラナは最近いっつもトラ男の側でビクビクしてるもんなー。あいつ割といい奴だ!もっと笑いかけてやれば喜ぶのに」
「…」

素直にそう告げるチョッパーにうん…と曖昧な返事を返した私は彼をきゅ…ともう一度抱きしめた。



私を見て嬉しそうにする、という言葉には確かに…覚えがあった。
それはパンクハザードにいる時から。
ルフィだったりナミだったり、相手が誰であったかなんて忘れたけれど、彼らと話して笑っていれば側にいるトラファルガーさんもまた、私を見て小さく笑っていた事。
初めはそんな彼の普段とは別人のようなその笑顔を見てもおかしいなんて思わず、どんなに長く見つめられていても普通に接していた。…けど、それが度重なるごとに、何かにつけて私の側にいてはこちらを見つめるその回数がやたら多い事に気づいたとき、私はなんだか焦ってしまって自然に対応ができなくなって、そうすればどんどんぎくしゃくしてしまって…そして今に至っているのだ。そうだ。…私は彼に笑ってあげることも…できていた。でも今は何だか彼の事を意識しすぎてしまい、かつてどうやって接していたのかも今となっては思い出せなくなっている。

(確かに…余所余所しいって言われても仕方ないよなぁ)

ふ…と息を吐きながら、そう思った。あの時キッチンで話したトラファルガーさんのその声音から、そのことを落胆している様子は私でもわかった。今まで自分に向けられていた態度が嫌な方向に変化してしまうのは…確かに悲しいことだろう。
…せめて以前のように笑うことだけでもできたなら…
私はチョッパーの匂いを吸い込みながら、少しだけ頑張ってみようか…と、そう思った。


その時だった。
波が大きく揺れて、船もそれに合わせて突然揺れた。


「ギャーーーーー!!!ラナーーー!!!!海王類!!海王類来てる!!!!」


慌ててモチーフの鬣をつかんで落下自体は避け、すると腕の中のチョッパーがそう叫んで暴れ始めた。え!と思い不穏な気配のする方向に顔を向けると、前方右側より有り得ないくらい大きな海王類が「シャギャーーー!」と海から出てくるなり私たち目掛けてその口を大きく開け襲いかかって来る姿が見えた。
「うわぁーー!!」
私は目玉が飛び出さんばかりに驚きつつ叫び声をあげた。その一瞬の間、自身の頭の中ではものすごいスピードでいろんな考えが浮かびあがる。戦う?逃げる?逃げるならどっちに?このまま逃げれば攻撃が船に当たってそこが破壊されてしまうだろうか。それなら…。
私はその中の一つをすぐさま選択し、チョッパーを抱えたままその場から飛翔した。「チョッパーは逃げてっ!」。そう言って飛び上がりながらチョッパーは背後の甲板へと放る。
両手が空いたと同時に、腰に携えている短剣を抜いて、そしてひらり、と。私は海王類の頭へと飛び移り、その切っ先を頭上へ突き刺した。
「ギャギャァアアアッッ!!」
突然の攻撃に、船首を目掛けていた海王類はその顔をブンッと横方向へと薙いだ。その勢いに振り払われそうになる中、短剣の柄に必死にしがみ付き、動きが止まったと同時にそれを抜き去って船へと振り返った。けれど飛び移って逃げるには少し遠い。
…と、その次の瞬間、海王類の尻尾が突如として海から現れそれは私を目掛けた。咄嗟に避けることはできたものの、体勢は見事に崩れ、私は海王類の身体の上をでんぐり返しするように転がった。「…いッ!」。その際、尖った背びれに腕が引っかかり鋭い痛みが走った。その時――。

「ゴムゴムのぉおーーーーーーー!!!!」
「ROOM!!シャンブルズ!!!」

背後で大きく響く二人分の声が、鮮明に聞こえた。
そして私を淡く包む、見慣れた光。移動する…。すぐさまそう思った。助かった…と、そうも思った。


その後はあっという間だ。

馴染みのある妙な違和感の後、目を開けた私は海王類の身体の上ではなくトラファルガーさんの隣に勢いよくどさりと倒れていた。少し先のほうではルフィの「――ガトリング!!!」という大声と共に海王類が「グギャァアアアアアー!!!」と悲鳴のような鳴き声を上げるのが聞こえた。
血の流れる生暖かい感触に思わず顔を顰めた私が次に見たものは颯爽と船首へと走っていくトラファルガーさんの背中だ。彼は走りながら刀を構えると、それを大きく振りぬいて何十メートルもあろうかという海王類を真っ二つに切り裂いていた。
「ラナ!!!大丈夫か!!」
そして私の側に駆け寄ってくれたサンジやナミ、ロビンらに身を起こされ出血している腕に布が強く当てられた。「だいじょうぶ…」。ズキズキと腕が痛んだがどうにか堪えてそう言った。
「っしゃ!!やっつけたぞ!!おいっ!!ラナ!!お前無事か??」
海王類を撃退したのであろう。ルフィもまた大きな声をあげて空から飛びかかってくる勢いで私の側へと現れその表情に憂色の色を浮かべた。そんな彼に「はは…失敗しちゃった…」…と、苦笑いなど浮かべてはみたが、くらり…、身を起こそうとすると遅ればせながらやってきた恐怖心で眩暈を感じた。「おい…起きるな」。ルフィは慌てて私の背を支えようとしてくれた。

「…退けろ麦わら屋」

すると、彼や他の皆を割って入ってきたトラファルガーさんがそう言った。
心配そうな顔をしてくれている皆とは正反対に、冷静な、けれど少しだけ怒ったような顔をして彼はルフィの手をどけて私の背に触れた。「…医療室を借りる」。彼は強い口調で短くそう言うと、返事も待たずに何と私を軽々と担ぎ、そのまままっすぐに船室へと向かおうとする。私は怯んだ。

「だめ…。血が…つく」
「馬鹿か。洗えば落ちる」

慌ててそう言った私であったが、トラファルガーさんはぴしゃりとその主張を跳ねのけそのまま歩く速度を速めた。船室へのドアを開けまっすぐに医療室へと向かい、私を部屋のベッドへ置けばそろりと手に当てた布を取り去った。じ…と腕を見つめる目は真剣だった。

「…そこまで深くない。血もすぐに止まるだろう」
「…うん」
「お前…パンクハザードでも思ったが…臆病そうなのに向こう見ずだな…。まさか飛びかかるとは…」
傷を見て症状を見定めているであろうトラファルガーさんはそしてそう言った。私は痛い所を突かれて項垂れてしまった。…その通りだった。
「……。船を壊されたくなくて…」
「…そうか」
「…」
「…」
「…あ…の……どうかした?」
私の言葉に口を噤んで沈黙してしまったトラファルガーさんに首をかしげる。一人で撃退できる力もないくせに向かって行った私の軽率と言える行動に…彼は呆れているのだろうか。そう思うとまたしても彼と一緒にいることが辛くなる。…が、トラファルガーさんは暫く黙った後、言い難そうに目を伏せながらなんと…
「助けるのが遅くてすまなかった」
…そう言った。

「え…」

まさかそんな事を言われるとは思わず、私は目を見開いて彼を凝視してしまった。何だかまるで別人みたいだった。

止血のために腕を縛り、血のついた布を医療室のごみ箱へと捨て、消毒液を見つけてそれを新しいガーゼへと含ませる彼は始終申し訳なさそうだ。
そんな顔をして、沁みるぞと言いながらガーゼを傷へと当てられるとキュ…と身が縮まるような嫌な刺激が走った。…それはどういうわけか心臓のほうにまで達して、そこでは不思議な痺れを感じた。彼が私の肌に触れるその指先に気づくと、その事は嫌だと思うくらいに私を動揺させもする…。

どくん…どくん…

途端に静かな医療室に響き渡りそうなくらい激しく打ち始めた胸が苦しい。「…あ、の」。それをどうにか誤魔化したくて、何を話せばいいのかもわからないくせに私は咄嗟にそう声を上げてしまう。そしてそれによって私へと視線を向けたトラファルガーさんと目が合って、そうすれば更に動揺して顔が熱くなってしまった。もう泥沼だ。

「た、助けてくれてありがと…」

なのでそんな顔を見られたくなくて目を逸らしながらそう告げると、彼は「ああ…」とどことなく複雑そうな声で消毒を続けてくれた。
その手つきは優しくて、くすぐったいくらいで、彼らしくなく思えるその仕草に私は動揺しつつも…ちょっと可笑しくなった。すまなそうにするその顔も珍しいから余計に、だ。



――ッッうぉい!!何で中入っちゃいけねーんだよ!!こいつもトラ男に見てもらわねぇとダメだろ!!



…と。
トラファルガーさんと一緒にいる事に少しずつだが耐えられそうだ…と思ったそんな折、医療室のドアの外でルフィの大きな声が聞こえた。

「え?」
思わず振り返った私。医療室のドアの明り取りの窓の向こう側、そこにはルフィがナミ達にその身体をがしっと後ろから抱くように抑えられつつ、そこから無理やりに引きはがされようとするそんな姿が見える…。
馬鹿!!気をつかいなさいよ!!
気ィ!?何だよそれ!!意味わからねえ!
ギャアギャア。しかもそんなやりとりが…ドアを隔てていてもしっかりと聞こえるのだから私は途端に焦ってしまう。

「…な、何を言って…」

ずるずるとここから引っ張って行かれるルフィに私は慌てた。そんな気、つかわなくてもいいよ…。更に赤くなりかける顔にぶるぶると首を振り「ま、待って!」と叫んで、私はベッドから離れようとした。
トン…
が、私の身体はトラファルガーさんの手によって制されてしまう。
大きな手のひらは私の肩を柔らかく押して再びベッドへと座らせ、彼は私を呆れたように眺めながら「まだ終わってねえ」と強く言った。
「…で、でも。…あの!…あ、あとはチョッパーに見てもらうから…彼を呼んできてもいい??!!」
私が小さく叫ぶようにそう言うと、トラファルガーさんは途端に片方の口の端をぐいと持ち上げて嘲笑するような顔をした。

「無理だろ。タヌキ屋なら失神してる」
「へ!?何で!?」
「…ク…。お前の投げた先が悪かったよ。派手に頭が柱にぶつかっていたからな。あれじゃ当分起きねぇ。…ククッ」

くつくつ。
トラファルガーさんはその事を思い出してかなりおかしかったのか、すまなそうだった顔から一変、いつも通りの顔へと戻せば声をあげて笑った。
どうやら彼を安全な場所へと思って投げた先に…柱があったらしい。
まさかそんな事になっていたなんて…。私は思いがけずチョッパーに与えていた不幸に唸るしかなかった。

「…もう行く…」

止血も消毒も済んだらしい腕をみれば、もうたいしたことはなさそうだった。私は彼の告げた事実にどうしようもなく恥ずかしくなって、トラファルガーさんに口早にそう告げると再び立ち上がろうとした。


「待て…。誰が行っていいと言った?」


けれどすぐにまたトラファルガーさんの手がそんな私を強く制する。
ベッドから去ろうとしていた私の肩を再び押さえつけながら、こちらを怖いくらい強い力のある眼差しで見つめながらそう言う。

「まだ治療は終わってねぇと言っただろ。…もう少しおとなしくしてろ」

私はその言葉に目を伏せ唇を噛んだ。チョッパーが失神してしまっている今、医者である彼にそう言われてしまっては怪我人は反抗なんてできやしない。
自分が作り上げてしまったこの状況に歯噛みするしかなかった。…投げなければよかった。もっと他にいい戦法なんていくらでもあっただろう。唇を噛んだまま、何だか泣きそうになってしまう。
トラファルガーさんはすると、落ち込んだ私の気持ちがわかったのだろうか?「大丈夫だ」。小さな声でそう言った。


「お前の判断はおおよそ間違ってねえよ」
「…え?」
「能力者であるタヌキ屋をああしたのは、まぁ正解だろうという事だ」
「…そう…?」
「ああ」
「…」
私はその言葉にトラファルガーさんをまた凝視してしまった。
「…どうした?」
「…そう言ってもらえると……嬉しくて…」
すると、今度はトラファルガーさんが私を呆れ顔で見つめ返した。
「その後お前が猿みてぇに海王類に飛びかかって行ったのは…褒められねえぞ」
「…猿…」


トラファルガーさんはそう言い終えてしまえば、口を閉じて私の傷口をもう一度眺めた。
その時、一瞬、ほんの一瞬だけ、彼はこれ以上できないくらいの憂いの表情を浮かべた。
それは私が瞬きをし終えれば消えてしまっていたほどの短い間で、けれど彼はその瞬間とても辛そうな顔をしていた。
私は、彼が私を猿′トばわりしたことに多少憤慨しかけていたのだけれど、その表情を見てしまえば何だかこの上なく胸が苦しくなった。…この傷は彼の所為ではない…。だからそんな表情、する必要なんてないのに。
そして、医療棚から選び取った薬を手にしたトラファルガーさんは目を伏せて静かに呟いた。


「傷跡は…極力残させねぇよ」